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小休止2

次に取り上げる題材の準備のため,一休みしています。

そのなかで,『専門家に聞く』を何回か,掲載したいと考えています。

現在念頭にあるテーマは,次のとおりです。


「再生医療の現状とこれからの夢」

「日本の創薬の現状と将来」

「有機化学は,将来の日本のサイエンスにどのように貢献するか」

「コンピュータによって,今後,何がどう変わるか」

「放射能の理解,測定の再現性,信憑性」

「ゲノム科学は将来何をもたらすのか」

「アメリカのサイエンス,日本のサイエンス」

「北米大陸でサイエンスを続ける日本人」

【いずれも仮題,順不同です】



ここで,これまでブログ立ち上げに当たってアドバイス,ご教示頂いた岡部建次(駿河台大学文化情報学部),丸山 裕孝(駿河台大学メディア情報学部)両氏に感謝します。



平成23年6月9日
by yojiarata | 2011-05-28 17:19 | Comments(0)

ウォシュレットの衝撃



今回は,尾籠な話題で申訳無いのですが,私にとっては大事件であった最近の経験を書かせていただきます。

UP YOURS WITH OURS - PREPARATION H

40年以上前,仕事で滞在していたスタンフォード大学のトイレで,ふと目の前の落書きを見た。

PREPARATION H は,当時,テレビで盛んに宣伝していた「痔主」のための軟膏である。私が高校の頃より苦しんでいるこの病いに国境がないことを知った。しかし,「痔主」でないと,「わが社の軟膏Hで,あなたのものを押し上げよう」のおかしさ,悲しさは理解できないかもしれない。因みに,日本では,ボラギノール軟膏がそれに相当する。

最後の難関は,飛び出している状態での作業である。これには飛び上がらんばかりの苦痛を伴う。しかも,完全にはいかない。

その後,この分野の進歩は目を瞠るものがあり,我等「痔主」への朗報がもたらされた。TOTO が発売を始めた ウォシュレットである。下から水が噴出して,心ゆくまで洗浄,そのあとは,水とともに指で押し込む。正に革命であり,極楽である。

折も折,NHK BS プレミアムの番組で日本のトイレについて放映されていた(平成23年5月26日,午後10時)。この番組によって,次のことを知った。
1) ウォッシュレットのアイディアの出処は,アメリカである。

2) 実際には,次の理由により,実用化に至らなかった。噴出する水の温度が,高温と水温の間を行き来するため,飛び上がらんばかりの熱い湯が噴出したり,下半身がショックを受けるような冷や水のこともある。これは大変困る。更に,洗浄用の水が目的地に達しないことが多い。

3) 洋式トイレで世界に遅れをとっていた日本では,明治45(1912)年,トイレ研究所が設立され,大正6(1917)年には1万個のトイレを作るも,ものにならず,艱難辛苦の末,昭和55(1980)年に至った。

4) 昭和55(1980)年,日本のメーカー TOTO が,実用になるウォッシュレットの開発に成功した。洗浄水が噴出する角度を男女200人の社員を動員して絞り込み,洗浄水の温度を一定に保つために,シリコンでコートした IC を組み込んだ。

5) その後,改造に改造を重ね,TOTO は世界ナンバーワンになった。アメリカが2002年に発表した『トイレ洗浄能力調査』によると,第1位から第3位までがTOTO,第4位,第5位が,アイディアの出処であるアメリカとなっている。

私は,この間のTOTO の粘り強い努力に最大限の敬意を払うものである。

TOTO のウォッシュレットの開発は20世紀指折りの出来事である。ちなみに,NHKが放映したトイレの番組では,ウォッシュレットが痔主にどれほどの安心感をもたらしたか,全く触れられていない。番組のディレクターが,ことの本質を理解していないのは不思議というほかはない。更に付け加えたいのは,2,3ヶ月前の同じNHK の番組『ためしてガッテン』では,番組に出演した女性の患部を拡大して生々しくカラーで写しだし,手術はどうする,こうすると,微に入り細に入り,説明。さすがの私もあまり見たくない場面であった。そこまで放送したNHKが,何故トイレの番組で,この大問題に触れなかったのか,理解不能である。

中国では,日本のウォッシュレット付きトイレが,ステイタス・シンボルとなっているという。2010年の上海万博では,日本産業館は,日本製トイレを見学するために押すな押すなの混雑であったと報じられている。

先日,定期的に通っている文京区の東京大学付属病院でトイレに入った。ここでは,トイレはいつも清潔,全て洋式,しかも,ウォッシュレット付きである。必要を感じて駆け込んだトイレに中に大きな張り紙があった。

節電のため,
ウォッシュレットの使用を中止しています。

ウォッシュレットのためにどれくらいの電気が消費されるか知らないが,はっきり言えることは,この措置を決めた人は,これまでに,「あの辛さ,情けなさ」の経験がない人に違いない。

ちなみに,水洗トイレは,13世紀,圧倒的に進んでいたイスラム文明によってもたらされたという。イランに今でも,当時造られた水洗トイレが世界遺産の中に残されている。これも最近のNHK テレビによる。

街を歩くと,

節電
がんばろう日本

の張り紙が至る所にある。

エスカレータも止まったところが多い。超・後期高齢者のなった私には,これは辛い。お尻に問題を抱え,足が不自由な私にとって,止まったエスカレータを下るときの不安感は独特の怖さがある。

福島第一原発の恩恵に浴していた東京都民として,言い出し難いのであるが,やはり辛い。しかし,これからも節電に努める決心である。

太平洋戦争に陰りが見え始めた小学生の頃,街でしばしば目にした

欲しがりません 勝つまでは

の張り紙を思い出した。硫黄島,沖縄のあと,アメリカ軍はジリジリと日本本土に迫り,新聞は「一億玉砕」を報じ始めていた。

就職活動といえば,男女揃いも揃って,カラスのような真っ黒なスーツを着用する。国がクールビズ用のTシャツについて指導する。皆がそれに従う。

良くも悪くも,日本人独特の感性かも知れない。
by yojiarata | 2011-05-23 17:30 | Comments(0)

シューマン と ショパン



ショパン

昨年の2010年,ショパン生誕200年を祝う催しが日本を含め世界の各地で開かれた。ショパンを愛する人が多く,これは当然の出来事であると思う。

ショパンのファンであり,その作品を研究しているというある芥川賞受賞作家がテレビに出演し,ショパンの作品について滔滔と語り,自らのお勧めの作品(バラード一番だったと記憶している)のCD が再生されていた。好みは人それぞれ違うものだと,改めて認識した。

ショパンがピアノの詩人とよばれ,叙情性豊かな音色が多くの人を魅了している。しかし,ショパンの故郷であるポーランドは,列強による支配,そして,ドイツによる侵攻の長い歴史の流れに翻弄された。そう考えながら聴くと,ショパンのピアノの響きは,美しく,苦く,複雑で謎に包まれている。少なくとも,私にはそう聴こえる。

手元にあるホロビッツ『ショパン名曲集』(1945-1957年,BMG) を取り出して聴いてみる。一,二曲聞くのはよいけれど,CD 一面全部を聴き始めると,「ああよいなー」,「美しいなー」,「素晴らしいなー」と思いつつ疲れてしまって途中で止めてしまう。勿論,録音が古いせいではない。この現象は私だけに起こるものかも知れない。また,77歳という超年齢からくるものかも知れない。ともかく,そうなのです。理由はわかりません。

シューマン

実は,この項は,シューマンについて書くために始めた。

ロベルト・シューマン ( ⇒ 家族,望郷の詩)は,奇しくもショパンと同じ,1810年に生まれている。ショパンと異なり,シューマンの生誕200年を祝う催しが盛大に行われたとは聞いていない。

平成22(2010)年12月5日の朝日新聞夕刊で『シューマンの謎 追いかけ』(ピアニスト田部京子 ショパンと弾き比べ)を目にした。

田部さんは

ショパンはピアノを美しく歌わせ,他人の心に響かせる方法を熟知していた。対してシューマンは,自らの中へ中へと分け入っていく。

と語っている。それに続いて,ショパンとシューマンを,弾く側から比較している。結びに,

シューマンの曲は耳に心地よいだけの,分かりやすい音楽ではないかも知れない。でも他の作曲家にはない,心の底から突き上げられるような力と高揚感を秘めている。響きに身を預ければ,きっと『受信』できると思う。

私は,仰るとおりだと思う反面,彼女が全く触れておられない「ドイツ歌曲」の伴奏の作曲者としてのシューマンの偉大な才能を思わざるを得ない。

ドイツ歌曲の伴奏に,シューマンのような境地を開いた作曲家は,後にも,先にもいないと思う。歌曲の伴奏は,刺身のつまのように考えられていたふしがある。

ハイネの詩『詩人の恋』に伴奏を書いたシューマン,アイヘンドルフの詩をもとに作曲した『リーダークライス 作品39』。こんな素晴らしいピアノ曲はない。刺身のつまなど,とんでもない。もっとも,作品の響きを生かすも,殺すも,演奏者である。私の経験した限り,これらの歌曲における最高の組み合わせは,ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウ(バリトン),ジェラルド・ムーア(ピアノ)である。

さすらいの若者が遥かに故郷を思う「異郷にて」に始まる『リーダークライス作品39』,『詩人の恋』の冒頭に歌われる静かで美しい「美しき五月に」,何曲かあとの「百合のうてなに」のそこはかとない響き。一度聴いたら忘れ難い。

ショパンは1849年,シューマンは1856年にこの世を去った。
by yojiarata | 2011-05-23 17:20 | Comments(0)

ポリウォーター伝説 Ⅰ



先週のブログでは,「水の変容Ⅰ-Ⅴ」を掲載した。今週は,水を巡って,20世紀後半のサイエンスの世界を揺るがした大事件について述べる。「水の変容」でも繰り返し述べたように,水ほど,単純に見えて,複雑怪奇な物質も珍しい。ここに掲載する 『ポリウォーター伝説』 は,それを絵に描いたような出来事であった。

群馬県の水

《群馬県の水は分子生物学に適している》と信じている知人がいる。東京から移ったあと,何故か実験がうまくいくという。

《群馬県の水は分子生物学に適している》という陳述の問題点は,以下の通りである。まず第一に,標準がない。すなわち,一体何に対してうまくいくのかが明確でない。第二に,定量性がない。どれくらいうまくいくのか数字で表わされていない。第三に再現性が語られていない。ただ何となくうまくいくというのでは説得力がない。いつ,どこで,だれが実験しても,同じ結果が得られるのでなければ,真剣な議論の対象にはならない。そして何よりも大切なことに,この陳述には化学の裏付けがない。しかしながら,どう考えてみても疑わしいこの陳述は,完全に肯定することも,完全に否定することも困難である。

わざわざこのようなことをもちだしたのには理由がある。すでに繰り返し述べたように,この世に純粋な水は存在しない。われわれが水を手にするとき,どのようなものであれ,それは水溶液である。このあまりにも自明な事実を軽んじたため,過去に数々の出来事が起こった。規模からいって群を抜いているのは,ポリウォ-タ-をめぐる出来事である。

伝説の発端

ポリウォ-タ-とは何かを知るには,ある高名な無機化学者が日本化学会第23年会(昭和45年4月,東京)で行った特別講演「異常水-オルトウォ-タ--ポリウォ-タ-」 の要旨を見るのがてっとり早い。以下,その冒頭の部分を引用する。

ソビエトの有名な コロイド化学者B. V. Deryagin は1966年のFaraday SocietyDiscussion 誌上に論文 ”Effect of Lyophilic Surface on the Properties of Boundary Liquid Film” を発表した。この報告の内容はその地味な表題にかかわらず 画期的なものであった。

彼の発見は径 5-20μ の石英の毛細管中に気相から凝結した水が毛細管の外に出しても,通常の水と全く異なった性質をもつことであった。Deryaginによれば,この異常な性質をもつ“異常水” こそ真に熱力学的に安定なH2O-orthowater であって,普通の水は熱力学的に準安定な metawater とよばれるべきものである。


ソ連科学アカデミー物理化学研究所の重鎮B. V. Derjaguin は,
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1960年代のはじめ頃から,通常の水 water I とは性質が全く異なる water Ⅱ について,ソ連の雑誌に次々に論文を(ロシア語で)発表していた。これが,上の講演要旨で “異常水” とよばれているものである。現在われわれが手にしている水は,決して永遠ではなく,界面に接触することによって,何らかの力が働き,新たな状態に移行するに違いないと考えたと,Derjaguin はのちに書いている。“異常水” が,ソ連国外ではじめて議論されたのが,要旨に引用されている Faraday Discussions(Nottingham大学,1966年9月)である。
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“異常水” の示すその特異な性質は,すべてが水の常識をはるかに越えるものであった。“異常水” は,150℃ を越えても沸騰しない。粘度は通常の水に比べて1桁以上高い。密度は1.4 g cm-3 に達する。

アメリカの分光学者Lippincott は,“異常水” の赤外線吸収スペクトルが,それまでに集積されていた10万例のスペクトルのいずれとも一致しないこと,2500-4000cm-1 のスペクトル領域から,OH伸縮振動にもとづく吸収が完全に欠落していること,1595cm-1 と1400cm-1 (ダブレット)に吸収が観測されることを確かめた。この結果をもとに,Lippincottは“異常水”を構成するHO分子の間には,F-H-F-1 における水素結合に匹敵するきわめて強い水素結合が介在していると結論した。F-H-F-1 においては,フッ素原子の間の距離が短く(2.26Å),水素原子が 2個のフッ素原子の中間に位置し,通常の水素結合に比べて一桁大きい結合エネルギーをもつことが知られている。

ポリウォーターは,当時の人々の知的好奇心をいたく刺激し,にわかに信じがたいさまざまな構造モデルが,ScienceNature に続々と登場した。次の図を見ていただきたい。
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Lippincott の論文には,構造モデル(A)が掲載されている。水素結合は通常の水よりはるかに短く,2個の酸素原子にはさまれた水素原子は両者の中間に位置し,これによって,密度の高い構造ができあがる。“対称的な水素結合”をもつこのような構造は,水が石英の表面に接触することによって作られると Lippincott は書いている。

Lippincott は,“異常水”は a true polymer of water であると言い切り,それをポリウォーター(polywater)と命名した。

ポリウォーターの出来事の一部始終を克明に記述したFranks の著書にはBernal とDerjaguin との間でかわされた会話(1968年,ロンドン)が,録音テ-プから再現されている。Bernal は,Fowler とともに,液相の水に関する最初の本格的論文を1934年に発表した Bernal その人である。

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Bernal: In my opinion this is the most important physical-chemical discovery of this century.

Derjaguin: I am very glad to hear you say this. I would like to ask you something. Would it be possible for you to write something later about your opinion on the significance of this work, as you are the principal specialist on the physics and chemistry of water? It would be very important for me to get such an estimate.

Bernal: I will be glad to do this. But I would like to ask another question. In your view, what is the biological importance?

このあと,カエルの心臓を用いる実験の計画,高層大気中におけるポリウォーターの存在の可能性などについて,Derjaguinの考えが述べられて会話が終わる。

ポリウォーターをこの世ではじめて手にしたのは,モスクワの北東190マイルの小都市 Kostroma にある技術研究所の物理学者 Nicolai Fedyakinである。毛細管に閉じこめた液体の物性を研究していたFedyakin の実験結果は,モスクワの重鎮Derjaguinの興味を引くところとなり,30人以上の研究員を投入したDerjaguin の一大プロジェクトとして吸収された。今日,ポリウォーターといえば,誰もが Derjaguin の名を思い浮かべる。





つづく

by yojiarata | 2011-05-22 18:38 | Comments(0)

ポリウォーター伝説 Ⅱ


ポリウォーターの化学
 

1966年の Faraday Discussions 以来,ポリウォーターに関わっていたBernal が,その生涯の最後に執筆したNature の Correspondence "Anomalous" water は,つぎの文章で終わっている。

There is still no adequate explanation of the phenomenon, and no coherent picture of its properties. One of the greatest difficulties in even accepting the existense of a more stable phase is its apparent absence in nature. Indeed, this is the most persuasive evidence of its inability to grow at ordinary water’s expense, for it has stood the test of billion of years..... If it can grow at the expense of ordinary water, we should already be a completely dead planet.

Yet we are not, and totally unlikely to become so from this source. By all means draw the attention of scientists to the dangers of their work, but make sure it is a real danger before alarming everybody else.

Bernal のグループが2年半を費やして行った研究調査結果のまとめ Polywater and Polypollutants は,Bernal が他界した1971年に Nature に 出版された。以下に引用するのは,この論文のアブストラクトである。

Some careful experiments and a close look at the literature of polywater give no reason to believe that any new phenomenon has been discovered. Contamination could account for the observed effects.

同じ頃,ポリウォーターを実体を明確にするために,慎重かつ丹念な理論的な考察が行われている。しかし,それがどのように慎重で理詰めの反証であったとしても,理論だけをもって,すべての可能性を否定し,ポリウォーターが幻であることを証明することは不可能である。

最終的な詰めは,化学の実験によってもたらされた。HO と DO から,それぞれ,ポリウォーターを作って赤外線吸収スペクトルを測定した結果,両者にはまったく差がないことがわかった。つぎの文章は,化学分析の実験結果を記述した論文 (Science, 1971) のうちのひとつからの引用である。

The ESCA spectra of “polywater” show that this anomalous, high-density, viscous, nonvolatile material contains high concentrations of sodium, potassium, sulfate, chloride, nitrate, borates, silicates, and carbon-oxygen compounds with trace amounts of other impurities but very little water.

ポリウォーターの異常な性質は,水に大量のシリコンが容器の壁から混入したことによるというあっけない幕切れが化学とともにきた

ポリウォーターは,75編(ソ連),227編 (アメリカ),210編 (その他の国)の論文を残してこの世から消えた。論文数の推移は次の図に示すとおりである。
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ポリウォーターの一部始終は,これらの論文のほか,Franks の著書,David Eisenberg が執筆したFranks の著書の書評 A Scientific Gold Rush (Science, 1981)
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などを通じて辿ることができる。


つづく

by yojiarata | 2011-05-22 18:36 | Comments(0)

ポリウォーター伝説 Ⅲ

ポリウォーターの遺産


10年にわたって,世界の研究者の知的興味を刺激し続けたポリウォーターは,数々の貴重な遺産を遺した。

1) 実験化学の方法論

いかなる物質観も,その根底に化学がなければ砂上楼閣である。化学を軽んじるものは化学に泣く。化学を確立には,その時代の実験技術に見合った充分な量の試料を手にすることが本質的である。試料の量が律速になる実験は,人々を納得させる信頼性のある成果にはつながらない。初期の頃,実験に用いられたポリウォーターの量は,マイクログラムの程度であったと推測される。Lippincott の論文には,赤外線吸収スペクトルの測定にあたって分析を慎重に行ったと記されている。しかし,実際に測定に用いられた試料の量は,当時の分析技術から見て充分でなかったとしか考えられない。

ポリウォーターを大量に集めようとして,さまざまな試みがなされている。ポリウォーターの異常な性質に注目して,高圧のもとで大量(100mg 程度)の製造を試みた実験は失敗に終わっている。

2) 実験データの解釈

Lippincott の ポリウォーターの出発は,赤外線吸収スペクトルの解釈である。観測されたスペクトルのいかに化学構造に結びつけるか,すなわち,いかに正しく帰属するかは,分光学的方法の根本にかかわる問題である。Lippincottが,OH 伸縮振動に対応する吸収であるとした帰属は誤りであった。コンタミの吸収を OH伸縮振動によるものとして,“対称的な水素結合”のモデルが作り上げられた。現代化学においては,分光学的方法のしめる比重はきわめて高いだけに,得られたデータの取り扱いには,今後,ますます重要になるであろう。

3) 計算と化学

ポリウォーターの性質も,ポリウォーターの構造も,あまりにも異常であった。Lippincott にはじまるポリウォーターの構造モデルに共通な点は,HO 分子同士の結合の様式が,水素結合の直感的な常識を越えている点である。量子力学計算によって ポリウォーターの異常な性質を説明しようとする試みが盛んに行われた。例えば,平面正6角形を基本とする ポリウォーターの構造において,“対称的な水素結合”と“非対称的な水素結合”のどちらがエネルギー的に有利かなどの議論が熱心に行われた。

量子力学的な計算によって,実験値と矛盾しない結果を得ることは可能である。しかし,どのように膨大な量子力学計算を行おうとも,それは完全に厳密な計算ではあり得ない。仮にそれが実現可能であるとしても,得られる結果は,実験を説明するための必要条件であり,計算によって,想定した構造モデルが真であることを証明することは不可能である。この点は,実験化学においてつねに,最大限の注意を払って対処すべき問題である。

4) 液相の分子論的理解

ポリウォーターの出来事は,液相の構造の議論も大いに刺激した。ポリウォーターの構造に知恵を絞った人々は,高圧のもとで出現する氷多形中の歪んだ水素結合の存在に注目した。ある種のガスハイドレートにみられる構造も,モデルの構築の参考にされた。極端な条件における水の構造という観点で,共通点を見出そうとしたのであろう。しかし,通常の条件で存在するポリウォーターと,高圧の条件のもとではじめて出現する氷多形の間には,常識では受け入れ難い隔たりがある。ガスハイドレートは,ゲスト分子が存在することによってはじめてその構造が保たれることはすでに述べた。 “対称的な水素結合”の存在の可能性は,超高圧(100万気圧以上)の条件下で生成する氷多形において議論されている。

ポリウォーターの議論はまた,液相系を分子の言葉で理解する場合に遭遇する困難とも切り放して考えられない。ポリウォーターの構造モデルは,基本的には,ただ一種類の分子種を前提として議論が進行した。しかし,議論の対象となるのは液体である。すでに繰り返し述べたように,液相は,時間的にも,空間的にも不均一である。少なくとも現時点では,われわれは,このような系を対象とした構造研究の手段をもたない。この点に関しては,あとでさらに議論を続ける。


つづく

by yojiarata | 2011-05-22 18:34 | Comments(0)

ポリウォーター伝説 Ⅳ


千一夜物語


1970年6月にアメリカ・ペンシルバニア州の Lehigh 大学で開催された第44回 コロイド・シンポジウムにおいて,ポリウォーターに関する集会が開かれた。この会には,Derjaguin をはじめとして,すべての関係者が出席している。翌年に発刊されたJournal of Colloid and Interface Science 8月号は,その全号を割いて,この時発表された論文,討論(の一部),当時までに発表されたポリウォーターの文献のリストを掲載している。そのなかで,Lippincott は,自らの講演のアブストラクトをつぎのように締めくくっている。
It was concluded that there is reason to seriously question the concept that water exists in a stable polymeric condition and that contaminants, both inorganic and organic, may account for a number of the physical properties and other phenomena associated with “polywater.”

ほかにも,実験的にも理論的にも,ポリウォーターに関して否定的な意見が大勢を占めている。例えば,鎖状モデルを提出した O’Konski は
we conclude that there are no plausible structures for polywater more stable than the ordinary hydrogen-bonded species.

と書いている。また,正6角形を基礎とする水素結合のモデルの再検証を試みたグループは,
Our theoretical study reveals that the symmetric and asymmetric hexamers are not of major importance in the formation and stabilization of water-II, if indeed water-II does exist.

と結論している。このモデルを提出した当事者のAllen と Kollman も,
...we do not now believe in the existence of anomalous water. ... cyclic, symmetric hydrogen bonding is considerably less stable than the conventional asymmetric form.

と述べている。Allen は,その10年後,ポリウォーターの出来事があと5年遅かったら,高性能のコンピュータを使用することによって,より短い時間のうちに,より明確な結果に到達していたであろうと述べたという。

1960年代の後半,Natureは,Science とともに,ポリウォーターの華やかな舞台を演出した。ポリウォーターの終焉をいち早く察知した Nature は,1971年3月5日号のNEWS AND VIEWS の欄に,冷たくも短い記事を掲載した。
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この記事はつぎの文章ではじまる
It now begins to seem as if the concept of polywater is on its last legs.

理論化学者のW. G. Richards の回想:
In the heady days when “polywater” was believed by many to exist and even to represent a threat to life, theoretical chemists were quick to risk their reputations and lend credence to the myth purely on the grounds of calculations. Since the bursting of the polywater bubble the work of quantum chemists on water and on solvation has been more realistic.


液相の水の構造の理解に貢献したH. S. Frank は,ポリウォーター全盛の時代,The Structure of Ordinary Water と題する地味な論文を Science (1970) に発表している。この論文の脚注にはつぎのように書かれている。
The word “ordinary” is used here to distinguish the subject of this article from the “anomalous” water, sometimes now called “polywater” which has aroused so much recent attention. Whatever else may be said about this material, it seems clear that it is a very different substance from ordinary water. No more mention of it will be made in this article.

Derjaguin 自身が1970年にScientific American に書いた総説は,つぎの文章で終わっている。
But here, following the example of Scheherazade, who invariably lapsed into silence at the most interesting place in her story, it is appropriate to end in the certainly that continued investigations of the properties of liquids will lead not only to universal acceptance of the reality of water II but also to the discovery of new and even more surprising phenomena.


Derjaguin は,1000編を越える論文,著書を残して,1994年,92歳で他界した。ロシア科学アカデミーの二人のメンバーによる追悼記事が Langmuir に掲載されている。"the glorious tradition of Russian science" を担った Derjaguin を讃えるこの記事には,ポリウォーターの記述はない。


つづく

by yojiarata | 2011-05-22 18:32 | Comments(0)

ポリウォーター伝説 Ⅴ

Boyle と Lavoisier


古来,西洋の哲学者達は,水が土に変わると信じていた。Newton や Leibniz も議論に参加している。17世紀を代表する化学者Boyle も例外ではなかった。どのように慎重に蒸留した水でも,蒸発すると,あとに必ず土が残ると Boyle は書いている。Lavoisier は,1770年,フランス科学アカデミーで,”On the Nature of Water and on the Experiments adduced in Proof of the Possibility of its Change into Earth” と題する講演と行っている。大量のサンプルを用いて,実験を繰り返したLavoisier は,「土」は,蒸留に用いた容器からの溶出物であると結論している。容器からの溶出物であるとの結論は,奇しくも,ポリウォーターの場合と同じである。しかし,ポリウォーターの場合と異なっているのは,大量の試料を用いて実験した Lavoisier の 徹底した 化学 の 姿勢である。

微量のサンプルを用いて得たきわめてあやふやな限られたデ-タをもとに,強引にポリウォーターの結論が引き出された。人々は,議論の基礎になっているデ-タに化学の裏付けがなく,それが幻であることを忘れ,面白おかしい部分に夢中になった。さらに悪いことに,高名な分光学者,理論化学者が続々と研究に参入,興味ある「ポリウォーターの構造」が ScienceNature につぎつぎに発表された。これらの論文について共通にいえることは,化学の裏付けが専門誌に発表されることなく終わっていることである。ポリウォーターは,結果においては,ファッションであったことは否定できない。

ポリウォーターの頃,マイクログラムではなく,グラムの量のサンプルがあれば,事態はまったく違っていたであろうことは容易に想像できる。化学には,充分量のサンプルがつねに必要である。必要なサンプル量は,それぞれの時代で手にすることのできる分析技術に依存している。必要にして充分な量をサンプルを手にする,粘り強い実験だけが時代を切り開く点に関しては,今も昔も変わりはない。

ポリウォーターのあと,さまざまな「驚異の水」が登場した。雪を溶かしてつくった水が,やけどに対して驚くべき鎮痛効果,治癒効果を発揮するとの説,同じく,雪からつくった水に構造の記憶があるとの説はその例である。10-24-10-30モル (!) の濃度の抗IgE血清が好塩基球の脱顆粒活性を保持しているとの説は,タンパク質が存在した事実を水が記憶しているのかも知れないという点で大きな反響をよんだ。Nature は追試チームを編成してデータを集め,その結果を誌上に掲載した。ポリウォーターに比べてきわめて短時間のうちに収束した出来事であったが,ここでも,サイエンスに対する西洋民族の姿勢について,さまざまなことを学ぶことができる。

水のもつ未知の可能性を引き出したいという願望がある。この願望は,近年さまざまな思惑から,急速に社会全体に広がりつつある。異口同音に,《水はまるで分かってない,とにかく面白い》という。確かに分からないことが多く,面白いのは事実であろう。しかし,ベンゼンでも,グルコ-スでも,タンパク質でも,同じように分からないことが多く,面白いと思って熱心に研究している人がいる。一体何を目的にして,何を研究するから,分かってないことが多く,面白いのかを明確にしなければ,真面目な議論の対象にはなりえない。

水には,(正確には,水溶液には),未知の可能性が秘められている。しかし,われわれがなすべきことは,慎重な実験にもとづく真面目な議論であることはいうまでもない。実験の再現性など,中学生でも知っている当たり前のことを当たり前とすることなく,丹念に実験デ-タを積み上げて,先に進まねばならない。新たな可能性の開拓は,いかにも退屈な辛抱強い化学の努力の延長線上にしかない。Cavendish,Lavoisier をはじめとする偉大な先人が残した化学の教えは今も生きている。
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Henry Cavendish (1931-1819)


Paul Caro の著書に次の記載がみえる。

It was believed that this was a type of polymerized water, and it was even feared that if this gel were to escape from the laboratory, it would contaminate ordinary water and replace it, which would be disastrous for life as we know it. Many researchers, including theoreticians from all over the world, worked enthusiastically on this fashionable problem under the spotlight of the media -- the subject was even covered by the Wall Street Journal – until August1973, when the discoverer himself announced that “polymerized water” was just a solution of the silica from the quartz capillary tube.
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[フランス語で書かれた原著(1992)の Patricia Thickstun による英語訳]:なお,赤字と下線は筆者による。

Kurt Vonnegut, Jr. (1922-2007)が 1963年に執筆した Cat's Cradle には,想像の産物 ice-nine が登場する。
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常温では 固体であり,通常の水に混じると,全ての水が ice-nine に変わり,生物は死滅する。この著書は,ポリウォーターが世にでる前に執筆された。

Felix Franks の著書 の193ページには,Kurt Vonnegut の次の言葉が引用されている。

Pure research men work on what fascinates them, not on what fascinates other people.

なお,ice-nine は,1万気圧近くの高圧で実際に生成する 氷Ⅸ とは全く関係がない。

「ポリウォ-タ-」 はいつの世にもある。われわれは,この教訓をないがしろにしてはならない。メディアに翻弄され,ファッションと化した研究は研究でなくなる。そして,真実は,つねに,誰にも理解できる単純明解なものである。




by yojiarata | 2011-05-22 18:30 | Comments(0)

花はどこに行った



4月30日に書いたブロクに,レンゲツツジが満開になった写真を掲載した。それから2週間が経過した5月17日,殆どの花が枯れてしまった。無残でかわいそうな花の姿を見ながら,何の関連のない過去が断片的に頭をよぎった。

映画 『浮雲』

成瀬巳喜男(通称,ヤルセ・ナキオ)監督作品(1955年),原作は林芙美子,主演は森雅之(富岡兼吾),高峰秀子(幸田ゆき子)。戦時下の仏印ベトナムでのタイピスト・ゆき子と農林省職員・富岡の出会いは,戦後の雨の屋久島で倒れたゆき子の死と共に映画は終わる。映し出される[花の命は短くて]の字幕のラストシーン。ゆき子の笑顔。忘れがたい作品である。

高峰秀子さんは,平成22(2010)年12月28日他界された。享年86。


1972年 カリフォルニア州パロアルト・スタンフォード大学

1960年代に始まったベトナム戦争が泥沼化していた1970年代のはじめ,私はスタンフォード大学医学部の薬理学教室に客員助教授として滞在していた。

研究室の学生と戦争の話をよくした。学生のスタンに,君は「死の商人」という言葉を知っているか聞いてみた。ドイツのクルップ財閥の話もした。戦争には,裏に複雑な要素があり,そう簡単ではないんだなどと知ったかぶりをして話したことを覚えている。ベトナムで使われている膨大な量の兵器の経費は,何処の,誰が払って,誰が大量の金子を手にしているいるんだとも訊いてみた。スタンはそんなことは考えたこともないといって,黙ってしまった。

その年の大統領選挙で,戦争推進派のリチャード・ニクソン(共和党)が,戦争反対の立場をとっていたジョージ・マクガバン(民主党)に圧勝して,戦争は延々と続き,アメリカ兵に多くの犠牲者が出始めていた。それとともに,反戦運動が高まっていった。

ちょうどその頃,大学のどこかの広場で集会が開かれた。上半身裸の髭を生やした年齢不詳の男たち,なかには,ヘビを首に巻きつけている輩も少なからず集まっていた。はじめて見るけれど,こういう連中をヒッピーというんだな,と納得した。

そこへ,ギターを抱えた若い(30歳代前半)ジーパンとT シャツ姿の女性が登場して,歌を歌いはじめた。同僚に,「あの人ダレ」ときいてみた。彼は呆れ顔で,そんなことも知らずにここに来たのかと言い,彼女は名前をジョーン・バエズ,ニューヨーク州生まれ,反戦運動の中心を走っているのだと教えてくれた。

彼女の歌の中で,「花はどこに行った」というのがとくに印象に残った。同僚にそう話すと,彼は大きくうなずき,この歌は古くて長い歴史をもつのだと教えてくれた。この記事を書きながら,You Tube を見ると,今も,若かりし頃の彼女の姿がそこにある。

あれから40年,大義名分も,目的も,そして手段も,戦争は様変りした。彼女も,誕生日から計算すると,現在,72歳になっているはずである。

ジョーン・バエズは,今どこで,何をしているのだろうか。
by yojiarata | 2011-05-22 17:50 | Comments(0)

水の変容 Ⅰ



古典のなかの水


金星よりも太陽に遠く,火星よりも太陽に近い条件が幸いして,「水の惑星」地球が誕生した。45億年ほど前のことである。水とともに誕生した生物は,水とともに進化してきた。オーストラリアで見つかったバクテリアの35億年前の化石は,最も古い生物の名残と考えられている。

『古事記』も, 『日本書紀』も,『旧約聖書』も,天地開闢も水とともにはじまる。

『古事記』には,
次に國稚く浮きし脂の如くして,海月なす漂える時,

葦牙の如く萌え騰る物によりて成れる神の名は,

・・・・・ 

(古事記,岩波文庫)


『日本書紀』には,
開闢くる初に,洲壌の浮れ漂へること,

譬へば游魚の水上に浮けるが猶し。

時に,天地の中に一物生れり。状葦牙の如し。

便ち神と化為る。

・・・・・
 

(日本書紀(一),岩波文庫)


と記されている。

『旧約聖書・創世記』は
暗黒が原始の海の表面にあり,

神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが,

神が,

「光あれよ」と言われると,

光が出来た。

・・・・・
 

(旧約聖書 創世記(関根正雄訳),岩波文庫)

で始まる。

医学の祖であるギリシャのヒポクラテスが執筆した『空気,水,場所について』には,

正しい仕方で医学にたずさわろうと欲する人は,

次のようにしなければならない。

まず,一年の諸々の季節がそれぞれどんな影響をおよぼす力があるかを

考慮しなければならない。

・・・・・

それからまた,いろいろな水の性質にも考慮しなければならない。

水は味と重さに相異があるように,

それぞれの性質にもひじょうに相異があるからである。

・・・・・

ヒポクラテス『古い医術について他八篇』(小川政恭訳),岩波文庫)


にはじまって,実にさまざまなことが書かれている。紀元前に生きた人々も,水と健康の関係に深い関心をもっていたことがわかる。

水は,日本の文学作品にもしばしば登場する。

『枕草子』には,
月のいとあかきに,川を渡れば,

牛のあゆむままに,

水晶などのわれたるやうに,水の散りたるこそをかしけれ。

・・・・・
 

清少納言『枕草子』(岩波文庫)

とある。月が冴え渡った千年前の夜の静寂,川を渡る牛車の歩みとともに砕けて散る水の美の一瞬を,清少納言は見事に捉えている。

水といえば,鎌倉前期に鴨長明が書いた『方丈記』の冒頭の文章を思い出す読者が多いはずである。

ゆく河の流れは絶えずして,しかも,もとの水にあらず。

淀みに浮ぶうたかたは,かつ消えかつ結びて,久しくとどまりたる例なし。

世中にある人と栖と,またかくのごとし。

・・・・・



奥州各地に行脚した松尾芭蕉の俳諧紀行『奥の細道』には,元禄二年三月二十七日,門人曾良と共に江戸深川を出発する心境が,つぎのように記されている。

千じゅといふところにて舟をあがれば,

前途三千里のおもひ,むねにふさがりて,

幻のちまたに離別のなみだをそゝく

行はるや鳥啼うをの目は泪


李白の五言絶句「静夜思」(静かなる夜の思い)では,

牀前看月光

疑是地上霜

挙頭望山月

低頭思故郷

牀前に月光を看る

疑うらくは是れ地上の霜かと

頭を挙げて山月を望み

頭を低れて故郷を思う


旅人の故郷への思いが,水の連想とともに美しく表現されている。

永井荷風は,大正七(1918)年の東京の冬の場景を
正月二日 暁方雨ふりしと覚しく,

起出でゝ戸を開くに,

庭の樹木には氷柱の下りしさま,水晶の珠をつらねたるが如し。

・・・・・

斷腸亭日乗(岩波書店)


のように日記に綴っている。

荷風はまた,
縁先の萩が長く延びて,

柔らかそうな葉の表に朝露が水晶の玉を綴っている。

石榴の花と百日紅とは燃えるような色彩を午後の炎天に輝し,

眠むそうな薄色の合歓の花はぼやけた紅の刷毛をば

植込みへの蔭なる夕方の微風にゆすぶっている。

単調な蝉の歌。とぎれとぎれの風鈴の音

― 自分はまだ何処へも行こうという心地にはならずにいる。

・・・・・

永井荷風『夏の町』
(野口富士夫・編 『荷風随筆集(上)日和下駄 他十六篇』,岩波文庫,1986)


他にも,多くの文人が水について作品を書き残している。
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井上靖編『水』(日本の名随筆33,作品社,1985)


つづく

by yojiarata | 2011-05-18 18:38 | Comments(0)