人 と 言葉  永井荷風:断腸亭日乗を読む  緒言




このブログを執筆した動機


断腸亭日乗 について知るには,岩波文庫 『摘録 断腸亭日乗(上),(下)』 を読むのが手っ取り早いと思います。私のような高齢者のために,『ワイド版 岩波文庫 21,22 (1991)』 まで用意されています。

摘録とは, 岩波書店 広辞苑第六版によれば, 要点をかいつまんでしるすこと。また,その記録。 とあります。要するに,「摘録 断腸亭日乗(上),(下)」 は断腸亭日乗の短縮版です。

どの部分を,どう短縮するかは,この「摘録」の場合には,編者の磯田光一 (1931-1987,摘録作業がすべて終わったあと,急逝されました。)の 哲学 によります。磯田さんの方針は,結果において,日記の日付によって,収録する記事と収録しない記事が分れています。

このブログを書いた私の意図 は,どこまでが本気で,どこからが冗談かの区別がつかない永井荷風という名の不思議な人物についてもっと知りたいと考えたからです。

私がそう考えはじめてから, 20年以上 が経過しました。


これまでの作業


荷風の書く日記の ”生” の文章の面白さを楽しむために,日記のあらゆる部分を目にすることのできる書籍を,これまでにすべて集めました。このブログの 巻の一 の末尾に写真を御覧ください。

同じ日付の日記の文全体ではなく,荷風の特徴がよく出ているなと私が個人的に感じた個所を抜き書きしました。 その意味では,このブログは,断腸亭日乗の単なる短縮版ではありません。良くも悪くも,私の一存で,断腸亭日乗を切り刻んだものです。その結果は,私の責任であることは,言うまでもありません。


今回のブログ 【第一集】 では,太平洋戦争勃発の昭和16年から,戦争終結後の昭和21年の間に書かれた日記を対象にします。

最初にこの時期を取り上げるのは,過去百年の日本の歴史のなかで,良くも悪くも,わが日本の過去,現在,未来に係わる様々な出来事が凝縮していると考えたからです。

この時期が日記にどのように書かれているかを読むことによって,荷風なる人物の ”表と裏” を読み取れる部分が少なくありません。時間と共に消えて行く個々の出来事を,丹念に書き残した荷風の日記は,あの頃の見事な ”ルポルタージュ” として価値の高いものだと思います。

私自身は,化学を専攻する理科人間です。しかし,断腸亭日乗を繰返し読んでいるうちに,日々変化していく事柄を捉える荷風の ” まなこ ” は,自然科学者のそれに通じるものがあるという印象を,私自身は強く持つようになりました。


急逝した磯田光一にかわって「摘録」 の解説を執筆した竹盛天雄は,〖 濹東綺譚 〗の末尾に,次の記述があることを指摘しています。


草稿の裏にはなお数行の余白がある。筆の行くまま,詩だか散文だか訳のわからぬものを書してこの夜の愁 うれい を慰めよう。


     ・・・・・ 

     宿かる夢も

     結ぶにひまなき晩秋 おそあき

     たそがれ迫る庭の隅

     ・・・・・


     丙子 ひのえね 十月卅日脱稿


この” 詩 ” が書かれたのは,1935年(昭和10年)。この詩の一片は,荷風が既に先の先を見通しているようで,恐ろしい気がします。

女好きの荷風のことですから,とくに若い頃の日記には,きわどいことも山のように書いてありますが,このブログでは,その部分は意図的に避け,良くも悪くも荷風という人物が鮮明に映し出されていると私が感じた部分を抜き書きします。


太平洋戦争に関する荷風の意見は,鋭くかつ正鵠を得ています。そして,現在にも完全に通じる視点です。

また,日記の筆の端端に,荷風の剽軽な面が垣間見えます。思わず苦笑いしたくなるところが少なくありません。


*



蛇足ですが,現在我々が実際に読むことのできる日記の文章は,もともとは,毛筆で書かれ,何度も消したり,追加されたりして残された紙の束 ( 雁皮紙帳面, 昭和20年十月卅一日に記載があります。) をもとに,多くの専門家の手によって活字化された労作です。その結果が現在の岩波書店版  『荷風全集』 に全編収録,『新版 断腸亭日乗』全七巻,『摘録 断腸亭日乗』 (上,下) です。なお,『摘録』 は岩波文庫に入っています。

ブログの作成に当たっては, 『新版 断腸亭日乗』 全七巻 を用いました。

文章は原文のままですが,段落を多く入れて,読みやすくしました。必要と思う場合には,振り仮名を記入しました。

なお,全七巻を購入した人には, おまけ で『断腸亭日乗』 地図が付いています。荷風が,どこをどうふらついたのかに興味のある読者のために,地図,店の名前などを詳細に集めた編集陣の力作です。

ブログに載せた画はすべて,荷風自身の筆によるものです。少々誇張があるものの,当時の風俗が巧く表現されていて大いに興味があります。もっとも,女性の読者は,もう少し何とかしてほしかったと仰るかもしれません。

昭和七年二月廿一日の日記に載せられている荷風の自画像は,なかなか男前に描かれています。



表記について



● 三月初七

三月七日の意


● 念

「廿」(二十) の代用。 「念八日」 は 廿(二十)八日 の意 [岩波国語辞典第六版]。


● 私自身のコメント

【・・・・・】  のように表示する。


● 断腸亭日乗 の文中,私が読者の注意を喚起したいと考える部分 (いわばキーワード)

赤のゴシック で表示する。




つづく

by yojiarata | 2015-12-23 22:29 | Comments(0)
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