人 と 言葉  永井荷風:断腸亭日乗を読む  巻の七



昭和19年


一月初一。

曇りて瞑 くら く 正月元日は秋の夕暮の如し。小鳥も鳴かず犬の声もせず門巷寂寥たること昼もまた夜の如し。 ・・・・・


一月初二 日曜日。

晴。年賀状と共に時勢を痛論する手紙頻々として来る。皆未見の士の寄するところなり。これを総括してその大意を摘録すれば左の如し。

現政府の方針 は依然として一定せず。何を以て国是となすや甚不明なり。

されどこの度文学雑誌を一括してこれが発行の禁止せし所を以て推察すれば 学術文芸 を以て無用の長物となすものの如し。文学を以て無用となすは思想の転変を防止し文化の進歩を阻害するものなり。

現代の日本を以て 欧州中世紀の暗黒時代 に回 かえ さんとするものに異 こと ならず。かくの如き愚挙暴挙果して成功するや否や。もし成功せば 国家の衰亡 に帰着すべきのみ。  ・・・・・ 

現政府の命脉 めいみゃく 長きに非ざるべし。云々


一月初七。

晴。 ・・・・・ 天麩羅屋ところどころ店をあけたり。群衆 寒風 にさらされながら列をなして 午後五時営業時間 の来るを待つさま哀れなり。この日七草の故にや生き帰りとも地下鉄道混沓して殆乗るべからず。寒月皎々 こうこう たり。


二月十五日。

晴。 ・・・・・ 三ノ輪行き電車にて浅草に至る。国際劇場裏とある洋髪屋の戸口に

      無電パーマネントいたします炭お持ち下さい

と張紙を出したり。 ・・・・・


二月廿八日。

戸塚町一言堂に仏蘭西本多くある由ききたれば正午過門を出で 神楽坂 を上る。紅屋田原屋相馬屋などという 老舗 皆戸を閉したり。風俄に吹起りて塵埃天を蔽ふ。矢来町の角よりバスに乗り穴八幡を過ぎ戸塚に至る。この道いまだ来りしことなき処なり。一言堂を尋るにバスの停車場の側なり。 ・・・・・


二月廿九日。

明日より割烹店待合茶屋営業禁止。歌舞伎座其他大劇場の興行随時禁止の命令下る由。 ・・・・・ 藝者は未ダ禁止の令なきも出場所なき故これはおのづから転業するなるべし。芝居と藝者なくなれば三味線を主とする 江戸音楽 はいよいよ滅亡するわけなり。 ・・・・・


三月十八日。

午後谷町の郵便局に行く。 ・・・・・

観世音の守札に,三枚を購ひオペラ館に至り踊子にわかち与ふ。夕方五時頃地下鉄にて新橋に至り市電に乗かへむとして街上に出るに天候一変して雪吹雪となれり。彼岸の入りに雪を見るもまた乱世のためなるべし。

[欄外朱書] 町の角々ニ 疎開勧告ノ触書 ふれがき 出ヅ


三月廿一日。


快晴。 ・・・・・ 数日来 野菜品切れ となり配給米には 玉蜀黍の粉末 を混ず。もそもそとして口にしがたきものなり。 ・・・・・


三月廿四日。


西北の風吹きすさみて寒し。 ・・・・・

地下鉄にて浅草に行きオペラ館楽屋を訪 ふ。公園六区の興行場も十箇所ほど取払いとなるべき由聞きたればなり。 ・・・・・
 
二階の踊子部屋に入りて見るに踊子たちはさして驚き悲しむ様子もなく平生 へいぜい の如く雑談しをれり。

凡そこの度たび開戦以来現代民衆の心情ほど解しがたきものはなし。多年従事せし職業を奪われて職工に徴集せらるるもさして悲しまず。空襲近しと言われてもまた驚き騒がず。何事の起り来るとも唯その成りゆきに任かせて寸毫 すんごう の感激をも催すことなし。

彼らは唯電車の乗降りに必死となりて先を争うのみ。これ 現代一般の世情 なるべく全く不可解の状態なり。薄暮市電にて家にかえる。夜に入り風 益寒し。


三月廿七日。


くもりて風少しく暖になりたれば午後家を出て虎ノ門より地下鉄に乗る。 ・・・・・ 

言問橋 ことといばし にて過行くバス乗客多からざればそれに乗りて 玉の井 に行く。

京成鉄道路跡の空地に野菜の芽青く萌 もえい 出でたり。唯 ある空屋敷の庭に蕗 ふき 多く生じたれば惣菜になさむとてこれを摘 む。

食物なき時節柄とはいえ浅間しくもあはれなり。 色里の路地 に入るに事務所の男家ごとに今日は モンペ に願いますと触れ歩めり防空演習あればなるべし。

旧道に出て白髭橋 しらひげばし の方に歩む。電球屋にて電球一ッ懐中電燈を購 あがな ふ。また下駄屋にて下駄を買う。これらのもの我家の近くにては皆品切なるにこの陋巷 ろうこう にては買手あれば惜し気なく売るなり。・・・・・


三月卅一日


昨日小川来りて, オペラ館取払 となるにつき明日が最後の興行なれば是非とも来たまへと言いてかへりし故,五時過夕餉 ゆうげ をすませ地下鉄にて田原町より黄昏の光りをたよりに歩みを運ぶ。 ・・・・・

オペラ館は浅草興行物の中真に浅草らしき遊蕩無頼 ゆうとうぶらい の情趣を残せし最後の別天地なればその取払はるると共にこの懐しき情味も再び掬 きく し味ふこと能 あた はざるなり。

余は六十になりし時偶然 この別天地 を発見 し或時は殆毎日来り遊びしがそれも今は還らぬ夢とはなれり。 ・・・・・ 

余は去年頃までは東京市中の荒廃し行くさまを目撃してもさして深く心を痛むることもなかりしが今年になりて突然歌舞伎座の閉鎖せられし頃よりは何事に対しても甚だしく感傷的となり, 都会情調の消滅 を見ると共にこの身もまた早く死せん事を願ふが如き心とはなれるなり。

オペラ館楽屋の人々はあるいは無知朴訥 むちぼくとつ 。あるいは淫蕩無頼にして世に無用の徒輩なれど,現代社会の表面に立てる人の如く狡猾 こうかつ 強欲傲慢 ごうまん ならず。深く交れば真に愛すべきところありき。

されば余は時事に憤慨する折々必この楽屋を訪 ひ彼らと共に飲食雑談して果敢 はかなき 慰安を求むるを常としたりき。然るに今や 余が晩年最終の慰安処 は遂に取払はれて烏有 うゆう に帰したり。悲しまざらんとするも得べけんや。


四月初四。

郵便局に四月十日まで 小包郵便取扱中止 の掲示あり。 ・・・・・


四月十日。

陰。櫻花未だ開かず世間寂として死するが如し。 食料品の欠乏 日を追うて甚しくなるにつれ軍人に対する反感漸く激しくなり行くが如し。市中到処疎開空襲必至の張紙を見る。

一昨年四月敵機襲来の後市外へ転居するものを見れば卑怯と言ひ非国民などと罵りしに十八年冬頃より俄に疎開の語をつくり出し民家離散取払をせまる。 朝令暮改 笑ふべきなり。


四月十一日。

毎朝七,八時頃飛行機の音春眠を防ぐ。その音は鍋の底の焦げつきたるをがりがりと引掻くやうにていかにも 機械の安物 たるを思はしむ。

そはともかく毎朝東京の空を飛行して何の為すところあるや。東京を防がんとするにはその周囲数里の外に備ふるところなからざるべからず。徒に騒音を 市民の頭上 に浴びせかけて 得意満々たる軍人の愚劣これまた大に笑うべきなり。 ・・・・・


四月十七日。

・・・・・ 又市中省線電車沿線の民家六月より取払ひとなるにつき 至急立退の命令 出でしと云。


五月五日。

[欄外朱書] 五日ヨリ 電車乗換切符 ヲ出サズ乗カヘル毎ニ十銭払フコトトナル


五月九日。

・・・・・ 又河岸通一帯の人家 来月中に取払 となる由。六十六年前わが生れたりし小石川の地もいよいよ時局の迫害を蒙むるに至りしなり


五月十九日。

・・・・・ 正午お駒と云う浅草の茶屋のかみさん来る。其話をきくに二三日前警察署の役人らしきもの二三人早朝網を持ち来り観音堂の鳩数百羽を捕へギャカアに積みて持ち去りたり。 ・・・・・ 堂前に多年鳩にやる豆を売りゐたる老婆供の中には 豆の闇相場騰貴 し廃業するものもあるに至れりと云。

日米戦争は本年に至りて先東京住民の追払となり次には神社仏閣の鳩狩となる。此冬あたりには 市民私有財産の没収 となるべし。


五月廿七日。

雨ふる。この頃鼠の荒れ廻ること甚し。昼の中も台所に出て洗濯シャボンを引行くほどなり。雀の子も軒にあつまりゐて洗流しの米粒捨てるを待てるが如し。むかしは野良猫いつも物置小屋の屋根に眠り ・・・・・ いつよりともなくその姿を見ぬやうになりぬ。

東亜共栄圏内に生息する鳥獣饑餓の惨状 また憫 あわれ むべし。燕よ。秋を待たで速に帰れ。雁よ。秋来るとも今年は共栄圏内に来る莫 なか れ。


五月三十日。

陰後に晴。数日前まで昼の中も折々天井を走廻りし鼠いかにしけん昨夜よりひッそりとして音をたてず ・・・・・

鼠群の突然家を去るは天変地妖の来るべき予報なりとも言へり。果して然るや。暴風も歇む時来れば歇むなり。 軍閥の威勢 も衰る時来れば衰ふべし。その時早く来れかし。家の鼠の去りしが如くに。


六月十六日。


晴。紫陽花の色漸く濃 こまやか なり。

[欄外朱書]  米国空軍九州ヲ襲フ。


六月廿九日。


・・・・・

今年も早く半を過ぎんとす。戦争はいつまで続くにや。来るぞ来るぞといふ空襲もいまだに来らず。 国内人心の倦怠疲労 今正に極度に達せしが如し。

世人は勝敗に関せず戦争さへ終局を告ぐれば国民の生活はどうにか建直るが如く考ふるやうなれどそれもその時になって見ねば分らぬ事なり。

欧州第一次大戦以後日本人の生活の向上せしはこれを要するに極東における 英米商工業の繁栄 に基きしものなり。これ震災後東京市街復興の状況を回顧すれば自ら明なるべし。

然るに今日は世界の形勢全く一変したり。欧州の天地に平和の恢復する日来ることあるも極東の商工業が直に昨日の繁栄を齎し得べきや否や容易に断言し得べからず。とにかく 東京の繁華 は昭和八,九年を以て終局を告げたるものと見るべし。 ・・・・・

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省線女驛夫 制服黒地



七月初一。


昨来西風はげしく吹きすさみて土用半の如き天候なり。 ・・・・・

[欄外朱書]  雑誌 『改造』 『中央公論』 廃刊。


七月念七。

時々驟雨。 ・・・・・  中央公論社廃業の原因 は社会主義の学者に学術研究の資金を送りし嫌疑あり。社長島中氏横浜地方裁判所に召喚せられし事ありしためといふ。また改造社はむかしマルクスの翻訳書を売出せし事あるがためなりといふ。この頃 郵書の検閲 一層厳しくなりたれば手紙にも戦争の事は書かぬがよしといふ。


八月初四。

・・・・・  明治の文化 も遠からず滅亡するものと思へば何事をなす元気さえなし。唯絶望落胆愛惜の悲しみに打たるるのみ。

日本人の過去を見て思ふに日本文化は 海外思想の感化 を受けたる時にのみ発展せしなり。仏教の盛なりし奈良朝の如き儒教の盛なりし江戸時代西洋文化を輸入せし明治時代の如き皆これを証するものならずや。

海外思想の感化衰ふる時は日本国内は必兵馬倥偬 こうそう の地となるなり。 戦乱を好む事 はこの国民の特質なるべし。 ・・・・・

晡下混堂に浴して後夕涼かたがた市中民家取払の跡を見むとて電車にてまづ 浅草雷門 に至るに,暮方の空なほ明ければ六月十五夜とも思はるる円き月薄赤き色をなし対岸枕橋の上に登らんとせり。 ・・・・・

折から黄昏の光漸く薄らぎ満月の高く登るにつれて その光次第に冴え 騒然たる街上に輝きそめたり。 ・・・・・

左衛門川岸通もまた既に空地となり終れり。昔土手なりし柳原に人家の建ちて町となりしは明治十二,三年頃とか聞きしことあれば六十余年にしてもとの如くになりしなり。やがて薦 むしろ かかへし 辻君 つじぎみ の出るやうになればいよいよ昔に立ちかへるなり。 ・・・・・

明月は終夜わが寝室の窓を照し翌朝五時蟬鳴き出で夜の明け放れし後まで崖を隔てし市兵衛町二丁目の人家の屋上に泛 うか びたり。


八月初六 日曜日。

日は焼くが如く照り渡りたれど,冷飈颯々 りょうひょうさつさつ として庭樹を鳴らし,空には白き雲層をなして動き行くさま,既に立秋後の空模様なり。階除 かいじょ には秋海棠の花き出で崖の竹垣には烏瓜の花柳絮 りゅうじょ の如く槐 えんじゅ の大木もまた花のさかりとなれり。 ・・・・・


八月初七。

晴雨定りなし。 ・・・・・ 日本橋より銀座通を通行する女店員事務員の姿いづれもシャツ一枚に腰巻同様なる地薄のスカートまたヅボンを穿ちしのみなれば逞しき肉附露出し,恰もレビュウの舞台を見るが如く,電車の中にては股を開いて腰を掛けたる形亦 一奇観 なり。 ・・・・・
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八月廿二日。

晴。 ・・・・・  房州海岸 は米軍の上陸を防がん為物情頗 すこぶる 騒然たり。釣に行きても沖合には舟を出すことを禁ぜられ殆獲るところなし。 ・・・・・


九月初七。

午前驟雨雷鳴あり。無花果熟して甘し。近隣の南瓜早くも裏枯 うらが れしたり。鳳仙花白粉花 おしろいばな 秋海棠皆満開。荻木芙蓉 もくふよう の花また満開となれり。

町会事務所にて鮭の鑵詰 かんづめ の配給をなす。噂によればこれらの鑵詰は初め軍部にて強制的に買上げをなせしもの。貯蔵に年月を経過し遠からず腐敗のおそれありと見るや町会に払下げをなし時価にて人民に売つけ相当の鞘を得るなり。軍部及当局の官吏の利得これだけにても莫大なりといふ。日米戦争は畢竟 軍人の腹を肥すに過ぎず。その敗北に帰するや自業自得といふべしと。・・・・・

x x 氏に送る返書の末に,

     世の中は遂に柳の一葉かな     残柳

     ・・・・・



九月十七日 日曜日。


午晴乍雨。 ・・・・・

時局覚書 次の如し

昭和十五年一九四〇年
  十一月十一日 二千六百年祭
  十一月より  炭配給となる
  ・・・・・

昭和十六年一九四一年
  四月五日もう一押だ我慢しろ南進だ南進だ。或は断乎南へなどのポスター出る
  ・・・・・
  七月  英米と通商中止
  一二月八日  英米と開戦

昭和十七年一六四一年 
  四月十八日米機東京襲撃
  十月時計時間かはる
  十一月野菜切符制となる

昭和十八年一九四三年
  七月米機羅馬襲撃
  八月防空のため各戸穴を掘る
  九月総動員令

昭和十九年一九四四年
  三月大劇場興行禁止料理店待合藝者家営業禁止
  五月 市中処々民家取壊
  内閣更迭
  八月小学校生徒東京立退


九月十九日。

晴。午後警報ありしが一時間ばかりにいて解除となる。当局の態度は落武者の枯尾花を見て追手と思ふが如く 周章の状 憫むべし。


九月二十日

・・・・・ 三時岩波書店編集局員佐藤佐太郎氏来り 軍部よりの注文 あり岩波文庫中数種の重版をなすにつき拙書 『腕くらべ』 五千部印行の承認を得たしと言う。

政府は今年の春より歌舞伎芝居と花柳界の営業を禁止しながら半年を出でずして花柳小説と銘を打ちたる拙書の重版をなさしめこれを出征軍の兵士に贈ることを許可す。何らの滑稽ぞや。 ・・・・・




つづく

by yojiarata | 2015-12-23 22:23 | Comments(0)
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