サトウハチローの生涯は,青少年時代も波乱万丈だったけど,終りも劇的でした。佐藤愛子は, 『血脈』 (文春文庫 下 486-490)に,次のように書いています。 「おう,愛子,オレ,勲章貰っちゃたよ,勲三等瑞宝章ってやつ」 「あらまあ,それはおめでとう」 愛子はいった。 「でも兄さん,不良少年の代表が勲章を貰うなんて,日本も変わったわね」 その冗談にすぐに乗るには八郎は素朴に喜びすぎていた。一瞬,応酬に詰った兄の気配をす早く察して,愛子はいい足した。 「でも,お父さんが生きてらしたらどんなに喜んだか ・・・・・ 」 「うん」 率直に八郎はいった。 「オレもそう思ったよ」 ・・・・・ 十一月に入って間もないある日, ・・・・・ 外出の支度をしている蘭子(筆者注 ハチローの三番めの妻)を見ていった。 ・・・・・ 八郎はいつになく弱気にいった。 「今日は家にいてくれないか。どうも脈がね ・・・・・ おかしいんだ ・・・・・」 ・・・・・ また例によっていつもの癖が始まった,人が出かけようとするとコレだ,とおもいながら 蘭子は外出をやめ,念のために主治医の細部を呼んだ。細部は八郎の脈と呼吸の乱れ方を見て即刻入院を勧めた。入院先は前にも入ったことのある築地の聖路加病院である。病院に着くとすぐ,待ち構えていたスタッフによって八郎は集中治療室に運ばれた。その時の病名は「不整脈」である。しかし一週間も経つと脈拍は正常になり,八郎は元気をとり戻した。何しろ騒ぎが大きいものだから,と蘭子は苦笑しながら安心し,医師も こうして 時々調子を崩す心臓を抱えたまま,大事にすればこの先まだまだ長生きされるでしょうと保証した。 ・・・・・ 蘭子に原稿を渡しながら, 「オレ,飯食うよ」 といった。午後の診察を受けてから退院する手筈になっていた。 蘭子が牛肉を焼いて昼食の膳に添え,ベッドに運んで来た。牛肉は食べ易いように切ってある。その一切れを口に入れ,左手に茶碗を持ったまま,突然彼は前に突っ伏した。蘭子は驚愕して「パパ!」と叫び,廊下に走り出た。我を忘れて叫んだ。 「誰か来てえ! 誰か ・・・・・ 」 看護婦と医師が飛んで来た。八郎の心臓は既に止っていた。 それは叙勲伝達の日だった。ラジオやテレビはサトウハチローの叙勲を告げ,ついで死を告げた。 ・・・・・ 死去したことで八郎は正五位に叙せられ,宮内庁からの使者が「正五位勲三等瑞宝章」を持参して来た。 ・・・・・ 八郎の死はあえて名をつけるとしたら「心臓急停止」というほかない死だったと主治医はいった。 「心臓はよくなっていたのです。ですから病名はつけられません。これは千人に一人か二人という,まことに楽な亡くなり方です。時計が止まるように,コトンと止まったのです」 それを聞いた人々はみな,やっぱり彼は特別に神に祝福された人だった,といい合った。 八郎の遺体ははじめは二階の座敷に置かれていたが,あまりの弔問客の多さに築後八十年という古家の二階の床がぬけはしまいかという心配から,玄関脇の応接間に移された。 ・・・・・ 前にも書いたように,私は中学生の頃,ラジオでハチローさんの話を聞いていました。何とも面白い人だったね。話は,少年の頃から 大変面白かったらしいよ。同じ話題でも,ハチローさんが話すと,周りのみんなが膝を乗り出して大爆笑。 佐藤愛子は,次のように書いています。 『血脈』中,71 【 ハッチャンの口にかかると何でもない話がとんでもない話になり,真面目な人が奇人にされてしまう,と皆はいったが,そういいながらも話の面白さにつられて,ネタにされた本人まで笑いこけてしまうのである。 】 サトウハチロー,徳川夢声,堀内敬三さんなどが集まって,談論風発。面白くて毎週,この番組を楽しみに聴いたよ。記憶によると,この連中には,天皇陛下(昭和天皇)からお声がかかり,宮中に参内して,いつもの調子のままに大放談,これには,天皇陛下も大笑いされたそうだよ。 話術について言えば,私が尊敬する 五代目古今亭志ん生さん の場合ももそうだけど,若い頃の苦い経験や苦労が話術を育てるよ。勿論,持って生まれた話術の才能が最優先するけど。 サトウハチローの多くの詩に曲を付けた中田喜直の言葉が遺されています。 ハチローさんの頭にある メロディーが浮かんでくる。 ハチローさんの葬儀では, 「夕方のお母さん」 (サトウハチロー作詞,中田喜直作曲)が歌われたと聞いています。
by yojiarata
| 2015-06-08 13:11
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