櫻 を 斬る   五味康祐 の 世界





さまざまの事思ひ出す櫻かな
芭蕉 笈日記 貞亨五年

どこに行っても,櫻が満開のこの時期,ご隠居さんは,何を思い出すのでしょうか。



***



チャンバラの世界から,それまでに誰も描くことのなかった剣の世界を創りだした五味康祐を思い出すね。

荒唐無稽な剣豪小説と言われれば,そうですかと引き下がりますよ。しかし,何事にもすぐに感動してしまう私には,忘れることのできない宝物のような何編かの作品が 『五味康祐代表作集 第1巻』 (新潮社)に収録されているのです。



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五味康祐代表作集 第1巻『喪神 柳生連也斎』 (新潮社,1981)








『櫻を斬る』 (82 ページ) から,引用するよ。


将軍家光の御前試合 満開の櫻の枝を花を散らさずに斬る紀八郎と清十郎




紀八郎 の場合


庭の櫻の下へ歩み寄って,しずかに立停った。そして頭上の,手頃な枝を仰いだ。 一同息をつめて見まもる。 一瞬白い虹が枝に懸ったと見る間に,爛漫の花をつけた枝が,紀八郎の足許に落ちた。彼はゆっくり,その枝を拾い上げ,こちらに戻ってくる。無論,花一つ散らない。



清十郎 の場合


これも 櫻の下に佇むと,手頃の枝を見上げていた。紀八郎より背が低い。 やがて,清十郎は,しずかに太刀を抜くと,八双の身構えから,まるで高速度写真をみるようにゆるく一枝を斬った。枝は音もなく落ちた。清十郎は太刀を鞘に収めると,これも枝を拾い上げて,ゆっくりこちらへ歩みだした。二三歩来たとき,一斉に,泣くが如く降るが如く全木の花びらはハラハラと散った ―



審判の声


「おお・・・・・」

粛然として,思わず嘆声を漏らす一同の耳に,

「油下清十郎の勝ち」

凛とした審判の声が響いた ―



*



同じ 『櫻を斬る』 から,もう一か所 (78ぺーじ) 引用します。

橋のらんかんから,来る日も来る日も,川に飛び込みながら,居合抜の修業を積んだ結果,紀八郎がたどりついた境地を描く場面も印象深いよ。


らんかんを蹴って水に突込む紀八郎の身辺に,

二度,稲妻の閃くのが見えたという。

太刀を振る手捌さばきも何もない。

すーっと墜ちる空間に,

二度,夕映えが反射したというのである。





*



昭和27年 (1952年),私が大学に入学した年,五味康祐 は 『喪神』 で,松本清張 は 『ある小倉日記伝』 で,ともに芥川賞を受賞しました。いずれも新鮮な発想で,時代を切り開く素晴らしい作品だったよ。


文庫版 『秘剣,柳生連也斎』 が新潮社から出版されています。文庫版は 昭和33年の初版以来,版を重ね,筆者の手元にあるのは 平成4年発行の 第46刷 です。いかに多くの読者に読まれたがわかるよね。現在は絶版だけど,古書として,インターネットで簡単に入手可能です。



追記

康祐の祐は,旧字体のしめす‐へん 【示偏】 が使えないため,やむなく新字体になっています。




おしまい

by yojiarata | 2015-03-31 16:10 | Comments(0)
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