【太田の著書】 421ページ 昭和14年10月中旬,岸は日本へ帰って行くことになった。 「濾過器論」 を披露したのは,その時のことである。 「政治資金は,濾過器を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起きたときには,その濾過器が事件となるので,受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから,掛かり合いにならない。」政治資金で汚職問題を起こすのは,濾過が不十分だからだ」 このとき岸は42歳だった。 内地に帰る岸は,大連の埠頭で記者団の質問に,「出来ばえの巧拙は別として,満州国の産業開発は私の描いた作品だ。だから限りない愛着があるし,生涯忘れることはない」と答えている。 東京に帰った東条が陸軍次官,陸相,総理へと中央の階段をのぼりつめていくにつれ,今度は岸が集金力にものをいわせて,東条に莫大な政治献金をした。もちろん,東条のためなら命を投げ打つことさえいとわない甘粕も,闇の世界から金を運んでくる。 しかも岸は東条の頭脳となり,懐刀となっていく。東条内閣が発足したとき,岸は商工大臣,星野は内閣書記官長として,閣僚のポストに就くことになる。 戦局は悪化の道を転がり始めていた。そして,サイパン陥落。 サイパン陥落の報に接した岸は,東条に向かって,「この戦争の状態を見ると,もう東条内閣の力ではどうにもなりませんよ。この際,総理はいさぎよく退いて,新しい挙国一致内閣を作るべきですと迫ると,東条は怒りをあらわにして「必勝の信念がない閣僚などいらない。君が辞めろ」と切り返す。 ・・・・・ 岸は,「東条さん,あんたが辞めないなら,私も辞めません」とやり返した。 結局,閣内不一致を世間に印象づける,この一言が功を奏して,東条内閣 は瓦解してしまった。 このあたりの事情は,東条内閣が総辞職する前日の7月17日の 『木戸日記』 に記されている。 東条と喧嘩別れした岸だが,分れるべくして分れた,と言った方が当たっているようだ。満州以来の二人の関係は,刎頚の友といった関わりではなく,結局は,互いに利用し合っていただけだった。言ってみれば,政治の世界にありがちな人間関係の典型である。 つまり東条は岸の頭脳と集金力を利用し,岸は陸軍を利用しながら権力の座を目指したが,その陸軍の頂点に,権力の権化と化した東条がいたわけである。だがアメリカ軍の攻勢の前に,一緒に地獄に堕ちるのはご免である。 以上の記述に当たっては,【太田の著書】 を参照した。 1946年 (昭和21年) 5月3日 から 1948年 (昭和23年)11月12日にかけて,東京,市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂で極東国際軍事裁判 (以下,東京裁判 と 略称) が「行われた。 昭和23年(1948年)12月23日,A級戦犯のうち,東条英機,土肥原賢二,広田弘毅,板垣征四郎,木村兵太郎,松井石根,武藤章が処刑された。 驚いたことに,その翌日,12月24日の昼ごろ,岸信介は,不起訴となり,巣鴨プリズンから釈放された。 A級戦犯と言ってもあくまで容疑者で,結果的には不起訴処分で放免になったのだから,正確には戦犯ではない。それでも政界に復帰すると,意地悪い記者連中から「”A級戦犯復活”の声が上がっていますが,感想は如何ですか」なんてやられる。 そんなとき岸は, 「君たちは戦犯,戦犯て騒ぐがね,東京裁判なんてナニだよ,所詮は茶番劇じゃないかね」と皮肉って,ニヤニヤしたものだった。 【太田の著書】 454-455 ページ ・・・・・ 支那事変から太平洋戦争へ突入すると,岸は軍需産業の要として,辣腕を振るうことになる。まこと岸の行くところ戦争のきな臭い匂いが付きまとったのは,宿命だったとはいえ,不思議な現象である。 ・・・・・ 東京裁判で,キーナン主席検事が元皇帝溥儀に「あなたは,日本人によって作られた専売法によって規制された,日用必需品の品目を挙げることができますか」と尋ねると,「専売された主な物は阿片でした。そのほかには,綿花,食糧,ほかにもほんどの物資が,彼らによって統制されていました。そのため,冬になっても綿布も手に入らず,凍死した者も少なくありません」と答える。 ・・・・・ ここで 阿片が東京裁判の法廷に登場してくるが,これこそ岸が作った満州国の専売法の,最たる物品だったのである。 以上,【太田の著書】による。
by yojiarata
| 2014-10-15 10:48
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