「全集 7」 土宣法竜宛書簡 426-429 【筆忘れずにおくりくれられよ。 末筆にいう。你ら僧侶の学術なき,門外軽薄の徒がいわく,仏教は無神教なり,いわく,真言は万有教なり,いわく宗教は改革すべきなりなど,何の信もなくして,皮想一時の思いつきよりかれこれいい来るを,おのれに何たる智識のなさより,動乱仰天して,ただただ然り然り,誰が何と言うてくれたなどと言う。以後は門外漢のいうことを決して検査して聞くことなかれ。単に悪きことをきくなというにあらず。ほめたようなことも,検査なしにきくことなかれ。僧徒無学のほどが知れるなり。 付記。本書および前書いうところにて大分分かりしと思うが,なお念入れて申すは,小生の申す科学とは順序立てた智識の儀なり。ゆえに形而上学を,幾分にても咀嚼して整理し,原則を求め階級づけて形而下学とするも科学なり。もし幸いに形而上を形而のままで整列を求むるを得ば,とにかく漠然切れ切れの推察予想を脱して,順序綱目ある智識とするを申すなり。しかして古えのことは知らず(古人は,今のようにむやみに物を言い散らさず,その機をを見てその事を伝えしなり。ゆえに古えいかなる大智識ありしや知れず。これを全くなしというのは大間違いなり),今日は物質開化大盛なり。故に家を建つるに建築師一人のみならず,工夫までも,その何の故に何様に何の理で建つるということを知るときは,事早く整いやすし。故になるべくその方の学識すすむを望み,いろいろの秘事を忌むなり。それすら予の考えうるところにては,あまりむやみにいろいろの事をいやなものに伝え,またすきなりともむやみに伝うるは事の害ありと思うこと多し。すなわち前書にいう,予が珍しきもの取れるに倣(なら)いて,何のこともなくそれを取り尽すもののごとし。 しかして,今の科学なるものの不完全なる,物質のことに必要なるゆえ,抽象科学,中にも数学は大いに盛んなり。これに反して,事理学(論理学)は物質のことにあまり必要ならぬゆえ,原則とては同一のものは同一,一旦あるものはなきこと能わずぐらいの二,三のことと,例の三段論法(これは実用のまことに少なきもの)が,特にわかりおるのみなり。この粗なる抽象科学(数と論理)のみにて形而上のことをきり取らんとするは,まことに至難のことなり。 形而上のこと,すでに量なし。太極両儀の一と二とは,一匁二匁,一貫二貫の一と二とは全く異なり,一つ二つ,一箇二箇ということにあらずして,全きもの,相異なるものというようなことなり。故に物質上ことに開けたる数学は,形而上の学に何の用なきこととなるなり。されば,今日このきわめて発達せざる麁なる論理のみをもって,形而上の学をきり取りて科学とせんことは,なかなかむつかしころうと思う。故にまずこの論理からして十分発達せしめざるべからず。また前書にいう「まわり合せ」ということもよほど必要なり。しかるに,その研究の次第さえ今につかぬなり。】 「全集 7」 土宣法竜宛書簡 135-192ページ 2 土宣法竜師へ 例のごとき難筆御推読下されたく候 明治二十六年十二月二十一日夕七時書き始め 南方熊楠拝啓 この書簡には,世界の宗教について,興味ある議論が幅広く展開されているので,読んで下さい。面白いよ。 ここで,この書簡にある次の詞を紹介するよ。 銭もなにもいらぬ研究ゆえ面白し。 書簡 142ページ 書簡 314-315 ページ 【妖怪学は取りも直さずデモノロジーにて,英国博物館にはこの学の群書一覧ともいうべき索引さえあり。公衆に見せおれり。前々世紀に妖怪を列して駁撃せしチュールという僧の著書などは一たび通覧するに半年ばかりかかりし。王充の『論衡』もこの類なり。これはキリスト前七九年ばかりに作りしなり。・・・・・】 著者 追記 土宜 法龍(どき ほうりゅう) 安政2年(1855年)1月8日-大正12年(1923年)1月10日) 近代日本仏教史代表する仏教学者,僧侶。高野山学林長,仁和寺門跡(36代),真言宗御室派管長,真言宗各派連合総裁,高野山真言宗管長などを歴任。 横浜正金銀行ロンドン支店長・中井芳楠の家にて南方熊楠と面会し,以来没するまで,30年間に渡って膨大な往復書簡が交わされた。 西域,チベットなども旅し,伝統的な真言教学の上に,近代欧州的なインド古典学,仏教学の研究方法を導入し,以後の密教学研究の基礎を築いた。
by yojiarata
| 2014-07-17 16:47
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