ご隠居さん 今日は一体何が始まるの。 目が据ってきた我らの国の独裁者の顔を見たり,声を聞いたりすると,気持ちが悪くなるので,しばらく,ボンヤリしていたんだけれど,突然,昔読んだ本のことを思い出したんだ。本のタイトルは, 『猫のゆりかご』(Cat's Cradle) 1963年に出版されたカート・ヴォネガットのSF小説。 カリブ海に浮かぶ孤島サン・ロレンゾは,頭のちょっとおかしい独裁者・"パパ"・モンザーノ が支配する国。そこに猛毒の「アイス・ナイン」が登場するんだ。恐ろしくもあり,様々な想像を掻き立てる物凄い小説だよ。原著(ペーパー・バック)も,日本語訳も,今でも,ネットを通じて古書店などから入手できるよ。 この写真は,筆者の手元にあるペーパー・バックス版(1998) なお,この小説のタイトルの由来については,文末に書くよ。 寒くなると,池が凍って氷が張るよね。冷蔵庫で,氷を作れるでしょう。この氷については,このブログで,水と氷の季節で詳しく書いたの覚えているでしょう。 我々が,氷とよんでいるもののほかに,作る条件によっては,水に浮かばないで沈んでしまう氷,熱い氷など,変わった性質の氷を作る試みが,物理化学の研究者によって,百年以上にわたって続けられてきたんだ。どれも,物凄い高圧の条件で作るんだ。 それぞれに名前がついているよ。われわれが手にする氷は,氷Ih ,というんだけれど,ほかに,つぎのような ” 氷 ” が知られているよ。O 原子の配列がみな違うんだ。 氷Ic,氷II,氷III,氷IV,氷V,氷VI,氷VII,氷VIII,氷IX,氷X,氷XI,氷XII,氷XIII,氷XIV,氷XV,これらの言葉は,とりあえずは,単なる符牒と考えておいてちょうだい。 どうして,高い圧力が必要なのかって? 「水と氷の季節」で書いたけど,水分子(H2O)の間にはつっかい棒(水素結合というよ)があって,普通の条件(1気圧)では,O 原子の間が近づけないような仕組みを自然が作ったんだ。だから,O 原子の間をさらに近づけて,変わった氷を作るためには,イヤダイヤダと嫌がる O 原子の間を,これでもか,これでもかとギュウギュウ押し込むんだ。 これまでに試みられたのは,10万気圧。こうしてできた氷VIIは,0℃ 以上, 何と 100℃ でも,200℃ でも存在する,熱くて重い氷なんだよ。 密度が通常の氷の 5割増しの 氷VIII もあるよ。氷VIIIは,1万気圧以上の高圧下,0℃以下の温度で生成します。 このように,精製の条件と変えて作った氷のなかの,O 原子の配列を見ると,自然の知恵の素晴らしさが実感されるよ。専門的になるけど,詳しいことを知りたくなったら,私が以前執筆した『水の書』(共立出版,1998),さらに新しい結果を載せたウェブ・ページをみてほしいんだ。 この本の冒頭で,語り手は,広島に原子爆弾が落とされた日にアメリカの主要な人物達が何をしていたかについての本を書こうと計画していた時のことを書いている。このテーマについて調査しているうちに,語り手は,ノーベル賞受賞者で,原子爆弾の開発に協力したフェリックス・ハニカーの子供達に関わりを持つことになるんだ。 語り手は「アイス・ナイン」とよばれる物質が,晩年のハニカーによって作り出され,今はその子供達が隠し持っていることを知る。アイス・ナインの結晶は,液体の水の個々の分子H2Oを,固体の形に配列させる“種” になる。通常の水が凍る過程によく似ているんだけど,アイス・ナインの場合,融点が45.8 ℃ なので,簡単には水に戻らないんだよ。 ヴォネガットのアイス・ナインと,実在する物質である氷IX(英:ice IX)とを混同しないでほしいんだ。現在では,氷IXを実際に作ることが出来るけど,アイス・ナインのような性質を持っていないよ。 この小説が書かれた1963年の時点では,氷の結晶形としては,8種類しか知られていなかったため,作者のヴォネガットが,架空の結晶形をアイス・ナインと命名したんだ。 この後,ポリウォーターが世界中を騒がせることになったよ。 長い論争の末,ポリウォーターは,それを作製するのに用いた容器から溶け出した物質(シリケート)が混入した単なる水であることが確かめられたんだ。私の『水の書』(1998) の5.2節・「水が土に変わる学説」 に詳しく書いたよ。(176-189ページ参照)。 書いたあとで,” オッカムの剃刀 " という表現が頭に浮かんだよ。 ポリウォーターを巡る論争が収まる前のことだけど,ポリウォーターが,アイス・ナインと同様に恐ろしい性質を持つのではないかと真剣に危惧する人もいたようなだけど,全くの杞憂だったよ。 作者の兄で気象学者のバーナード・ヴォネガットは,ヨウ化銀が人工降雨において氷の成長を促進させる効果があることを1946年に発見しているよ。この点については,私が以前執筆した『水の書』(共立出版,1998,161-162ページ)を参照して下さい。 フェリックス・ハニカーは,物語が進行する時点ですでに死亡しているんだ。「原子爆弾の父」として果たした役割や,地球上の生命を滅ぼすことになる「アイス・ナイン」の発明から分かるように,ハニカー自身は,道徳心に欠け,自分の研究以外には無頓着で,自分の研究がどう使われようが関心のない天才として描かれているよ。 原爆の父については,息子のニュートン・ハニカー(身長が1メートルちょっとしかない小人)が次のように書いているよ。 【最初の原爆実験がアラモゴードで行われた日の話をご存知ですか?実験が済んで,アメリカがたった一個で都市を消滅させる爆弾を保有したことがはっきりすると,一人の科学者が父の方をふりかえって言いました,”今や科学は罪を知った”。父がどういう返事をしたかわかりますが? こう言ったのです, ”罪とは何だ?” 】 語り手とハニカー家の子供達が行きついたサン・ロレンゾは,カリブ海に浮かぶ孤島で,さしわたし50マイル,幅20マイル,人口は45万,「・・・・・ 全国民が自由世界の理想にむかって邁進している」。島の最高点マッケーブ山は,海抜11,000フィート。首都はボリバル,「・・・・・ 港をのぞむ超モダン都市で,その港はアメリカ合衆国海軍の全艦隊を収容する規模を誇っている」主要輸出品目は,砂糖,コーヒー,バナナ,藍,民芸品。 ボコノンは1891年生まれ,出生地はトベーゴ島,イギリス生まれの黒人で,家の宗教は監督教会派。一家の財産は,ボコノンの祖父が掘り当てた25万ドル相当の海賊の秘宝の上に築かれた。 何故,ボコノンかだって? サン・ロレンゾでは,人々は理解不能な英語の方言をしゃべる。例えば," twinkle, twinkle, little star " は," swenkul, swenkul litpool store " のように発音されるよ。 彼の本名を,サン・ロレンゾ流に発音すると,ボコノンとなるんだ。 ボコノンは,監督教会派の学校で教育を受け,成績も優秀だったけれど,何にもまして彼が興味をもったのは,教会の儀式だったんだ。ボコノンが布教したのが,ボコノン教。サン・ロレンゾの住民は,ボコノンを教祖とするボコノン教を信じている。ボコノン教の信者は,「カリプソ」とよばれる聖歌を謳うんだ。 サン・ロレンゾは,独裁者,"パパ"・モンザーノ に支配されている。モンザー ノは,楯突く者を巨大なフックで鉤吊りの刑にすると国民を脅している。 独裁者である"パパ"・モンザーノは,フェリックス・ハニカーの息子に政府高官の地位を与えて買収し,その代わりにアイス・ナインのかけらを手に入れて,末期癌で死の床にある自分の自殺に使ったんだ。アイス・ナインによって,独裁者の死体は直ちに硬い氷の塊に変わる。アイス・ナインによる死亡第1号だね。 このあと,飛行機が突然,独裁者の海辺の宮殿に衝突して,彼の体は凍ったまま海原に転がり落ちる。そして,世界中の海や川や地下水が大がかりな連鎖反応を起こしてアイス・ナインへと変化し,地球の生態系を破壊して,人間を含むすべての生命体を数日のうちにほぼ絶滅に追いやってしまう。 以上がこの小説の粗筋です。 我らの独裁者のことを思い出したくないので,このブログを書き始めたんだけど,結局,ズバリ思い出すことになってしまったよ。連中は,衆議院,参議院の両方で議席の半数以上を握って,やり放題。 官製春闘。政府主導教育。原発再稼働。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認。「防衛装備移転三原則」,これまで事実上輸出を禁じてきた現在の三原則を撤廃。 気に入らないことをすると,「特別秘密保護法」をちらつかせて,威嚇する。楯突く者を,巨大なフックで鉤吊りの刑にすると国民を脅している "パパ"・モンザーノ と同じだね。 情けない世の中になったね。怖ろしいね。 なお,この本のタイトルは,日本語の「あやとり」,英語の「猫のゆりかご」(Cat's cradle)から採られたんだ。フェリックス・ハニカーは原爆が投下された時,猫のゆりかごで遊んでいたと書かれているよ。
by yojiarata
| 2014-03-13 19:52
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