諏訪根自子の名前をはじめて耳にしたのは,今から60年以上も前,筆者が中学生の頃の音楽の授業である。先生に,最近のもっとも有名な音楽家一名を挙げよと問われ,何人かの生徒が諏訪根自子と答えた。その頃,音楽といえば,流行歌 か浪花節 しか知らなかった筆者は,なんだか恥をかいたような気分だった。 その日,家に帰って,諏訪根自子についてのその日の経験を母親と,偶々家に来ていた叔母に話した。彼女たちは大変驚いた様子で,諏訪根自子なんて ・・・・・ と言いながら笑った。 音楽のことなど,何の知識も興味もない彼女たちの反応は,決して好意的なものではなかった。テレビも週刊誌もなかったあの頃,情報としては,ラジオか新聞しかなかった。その辺の知識から,彼女たちはそのような印象をもっていたのかもしれない。もしかしたら,新聞に掲載される諏訪根自子の神秘的な美しさへの妬み心があったのかもしれない。 ともあれ,当時の日本人のなかには,諏訪根自子に必ずしも好感をもってなかった人々がいたことは確かである。 5月16日のNHKラジオ深夜便で,「クラシックへの誘い 伝説のバイオリニスト諏訪根自子」が放送された。使われた音源は,彼女が13歳-15歳の少女時代の録音,彼女が60歳を過ぎた後の録音で,”全盛期” の録音は保存されていないということであった。少女時代の録音・SP13枚が丁寧に復刻されている。そのなかでは,ロマンサ・アンダルーサ(パブロ・サラサーテ曲)はなかなか善い。この人には,スペインが似合うなと感じた。 しかし,素人で音痴の筆者には,この番組で放送された録音だけをもって,諏訪根自子が天才的なバイオリニストであるかどうかの判断は全くできない。 諏訪根自子の容姿については,現在,ウェッブ上に山のような数の写真が掲載されている。興味ある読者は,今のうちにご覧ください。 この頃,新聞で諏訪根自子に纏わる記事を目にするようになった。萩谷由喜子『諏訪根自子 美貌のヴァイオリニスト その劇的生涯』(アルファベータ,2013)が出版されていることを知った。何だかやけに大げさな題名だな,と思いつつも,いつも癖で直ちにアマゾンに注文,2日後に入手した。 まず,ペラペラと全体を眺める。この本には,写真が多く使われいるので,それを追っていると,217ページの写真にこの目が吸い寄せられた。「大橋国一のバリトン・コンサートに聴き入る,大賀小四郎,根自子夫妻」とある。 アレレ ・・・・・ 大賀さんじゃないの! 私の記憶は,昭和28年,東京大学教養学部のドイツ語の授業に飛んだ。 ドイツ語の授業は,週2回,1学期(半年)ごとに教師が代わることになっていた。ドイツ語の授業が大変好きだった筆者は,一番前の席に座って聴講するのがつねだった。 新学期になって現れたのが大賀さんだった。4,50人しか入らない小さな教室だから,そんな大きな声をしなくても十分聴こえるのに,彼氏は物凄く大きな声で,喋りまくった。前に座っていた筆者に,大賀さんのつばきが飛んできた。 あの大賀さんが,諏訪根自子の亭主だったんだ! これには驚いた。 諏訪根自子は1968年,48歳で,58歳の元・外交官・大賀と結婚,家庭では何くれとなく大賀の世話をし,大賀のために料理の腕をふるったという。 今考えても,不思議な偶然だったと思う。 大賀小四郎 1991年没 享年80 諏訪根自子 2012年没 享年92 6月5日の朝日新聞夕刊によると,1949年11月28日に放送したラジオ第2「放送音楽会」の録音が,NHKで見つかったという。1949年といえば,諏訪根自子29歳。演目は,ブラームス『バイオリン協奏曲 ニ長調』(共演東宝交響楽団,現・東京交響楽団)。若い頃,何人かの大家による演奏の録音を繰り返し聴いた好きな曲である。 6月29日夜(NHK-FM,21:00-22:00)「クラシックの迷宮-諏訪根自子のブラームス-~NHKのアーカイブスから~」が放送される。演目は,2,3の小曲の他,バイオリン協奏曲である。この曲なら,素人の筆者にも判断できると思う。諏訪根自子の実力を耳にできる絶好の機会である。
by yojiarata
| 2013-06-20 23:33
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