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ゼロの焦点



歴史の記述をめぐって,松本清張の名前が新聞に登場している。

松本清張の名前と共に思い出すのが 『ゼロの焦点』 (1961,松竹)である。

野村芳太郎・監督のもと,実力派のスタッフ(脚本・橋本忍,山田洋次,撮影・川俣昂,音楽・芥川也寸志),そして俳優たちの熱演により素晴らしい作品が出来上がった。筆者はこの映画を,最初名古屋の映画館で観た。名古屋の学会に出席した折,空き時間を利用したように記憶している。

モノクロの画面に写し出される海沿いを走る 蒸気機関車,北陸の風景が印象深い。

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松本清張 『ゼロの焦点』 (光文社,1959,4ページ)


鵜原禎子を演じる久我美子(1931年1月21日 - )は, 学習院女子中等科在学中にスカウトされ,『醉いどれ天使』(1948年 黒澤明),『また逢う日まで』(1950年 今井正)などに出演してその実力を評価されていた。

鵜原禎子の夫(南原宏治),その兄・西村晃,有馬稲子,高千穂ひづる,沢村貞子,加藤嘉のほか,織田政雄 (金澤署捜査主任),高橋とよ (鵜原禎子の母)が印象に残る。

失踪した夫の足跡を金澤から能登金剛に追う禎子,ストーリーの裏には,夫が東京・立川署の風紀係としてアメリカ兵相手の夜の女(当時,パンパンとよばれていた)の取り締まりをしていた過去が見え隠れする息詰まるサスペンスドラマの傑作である。

1978年の時点で,清張は自作の推理長編で好きな作品の第一に本作を挙げている。

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松本清張 『ゼロの焦点』 (光文社,1959)



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泌尿器科の町医者を開業していた筆者の父親は,川向うの遊郭の女たちの治療にあたっていた。アメリカからペニシリンが入ってきて,治療に用いられるようになった頃である。当時,中学生,高校生であった筆者はお姐さんたちと世間話をすることがあった。不幸な境遇にありながら,人間らしい優しい人たちが多かったなと今,ふと思い出す。遊郭は,売春防止法の成立により,昭和33年3月31日,「蛍の光」の演奏と共にこの世から姿を消した。
by yojiarata | 2013-05-03 23:12
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