さまざまの事思ひ出す櫻かな  芭蕉 笈日記 貞亨五年

芭蕉ならずとも,櫻はさまざまな事を思い出させる。

昭和27 (1952)年,五味康祐は『喪神』で,松本清張 『ある小倉日記伝』 で,とともに芥川賞を受賞した。最近の意味不明の芥川賞と違って,いずれも新鮮な発想で時代を切り開く作品であった。

五味康祐の描く剣の世界に魅了された。その一例。

五味康祐 『櫻を斬る』


将軍家光の御前試合 満開の櫻の枝を花を散らさずに斬る紀八郎と清十郎

紀八郎 の場合

庭の櫻の下へ歩み寄って,しずかに立停った。そして頭上の,手頃枝を仰いだ。・・・ 一瞬白い虹が枝に懸ったと見る間に,爛漫の花をつけた枝が,紀八郎の足許は落ちた。彼はゆっくり,その枝を拾い上げ,こちらは戻ってくる。無論,花一つ散らない。

清十郎 の場合

これも櫻の下に佇むと,手頃の枝を見上げていた。・・・ やがて,清十郎は,しずかに太刀を抜くと,八双の身構えから,まるで高速度写真をみるようにゆるく一枝を斬った。枝は音もなく落ちた。清十郎は太刀を鞘に収めると,これも枝を拾い上げて,ゆっくりこちらに歩みだした。二,三歩来たとき,一斉に,泣くが如く降るが如く全木の花びらはハラハラと散った ―。

肅然として,思わず嘆声を洩らす一同の耳に,

「油下清十郎の勝ち。」

凛とした審判の声が響いた ―。

五味康祐 『秘剣,柳生連也斎』 (新潮文庫,1958)


千鳥が渕 とフェアモント・ホテル


櫻といえば,東京都内でいえば,千鳥が渕の櫻が素晴らしい。スイスの友人のW氏は,千鳥が渕の見下ろすフェアモント・ホテルが気に入っていて,日本に来るとよく利用していた。流石に,千鳥が渕に直接面した部屋は,櫻の時期には予約が取れなかった。どうも,常連がいるようであった。そのフェアモント・ホテルが,十年近く前に店じまいしてしまい,彼氏は大変残念がっていた。フェアモント・ホテルのあとには,どこにもにもありそうな巨大なアパートが建っている。


上野公園 の ”岡晴夫さん”


上野公園は,櫻もさることながら, ”岡晴夫さん”の歌を聴くのが楽しみだった。岡晴夫の古いポスター(本物)を2,3枚木に貼り付け,「憧れのハワイ航路」,「東京の花売娘」,「啼くな小鳩よ」などを次々に歌う。岡晴夫そっくりで,素晴らしい歌唱力,いつも大勢の人垣が出来ていた。しかし,何時の頃か,”岡晴夫さん”の姿を見かけなくなった。何とか条例で歌が禁止になったとのことだった。

”岡晴夫さん” は今,どこでどうしておられるのだろうか。
by yojiarata | 2012-04-03 23:30 | Comments(0)
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