カナダ・トロントへの道 Ⅲ


第Ⅲ話 若い日本人研究者に望む

荒田

最近になって,多くの重鎮から,もっと日本人が欧米に進出すべきだとの声が上がっています。

私も全くそのとおりだと思いますが,伊倉さんのこれまでの経験からいって,後輩へのメッセージをいただければ幸いです。大変な部分,当惑した部分のご苦労を含めて,どのような覚悟をもって,ことにあたるべきかを聞かせていただければ幸いです。

その一方で,今の若手研究者には,粘りに粘って研究を積み上げるというよりは,さっと仕事をして,有力国際誌に投稿しようとする,謂わばファッションのような傾向があるのですが,欧米諸国でも,事態は似ているのでしょうか。

伊倉

若い日本人研究者がもっと海外へ進出すべきだという意見にはまったく同感です。

国際会議の場で,もっと日本の研究者,特に若い人たちが発表したり,議論に参加して意見を言う光景があって不思議ではないと思うのです。それだけ,日本の研究者はレベルの高さ,質の良さを持っているからです。

ただ,何かがたりない?私も含めてですが,日本人研究者が共有する壁はやはり「英語力」です。これは日本ばかりでなく,アジア系の研究者に共通した課題です。ここで,「英語力」と簡単に言語の問題のようにいいましたが,もう少し根は深いところにあるように思います。もちろん最終的には言葉にせねば人に伝わらないわけですから,英語ができるか,できないかが問われます。しかし,アジア系研究者の抱える本質的問題は,論理性の構築にあります。論文を書く際にこれは顕著に現れます。書くことは,すなわち考えることです。この作業を行うとき,明らかに英語を母国語とする研究者とアジア系の研究者には,プロとアマの差が見られるのです。もちろん,これは平均値の問題で,アメリカ人にもひどい書き手はいますし,日本人にも顕著に優れた書き手はいます。私が指摘するのは,グループ全体の平均値にあまりにも差があることです。

これは何からきているのかと考えることがあります。「文化」という言葉では片付けられないのでしょうが,やはり日本の場合,白黒をあまりはっきりさせないというか,いいものをいい,悪いものを悪いということを良しとしない風土が存在します。これには,農耕民族として二千年以上もの間小グループ(すなわち村)の中で助け合い,鎌倉時代からは七百年近い封建制の中でただただ自分の所属する団体への忠誠心を第一とする風土を培ってきたわけです。これは歴然とした事実として我々のDNAの中にインプリントされているように思うのです。それが邪魔をして,はっきりとものを言えない,ということもあるように思うのです。

一方,アメリカを始めとして英語を母国語とする社会では,人間平等,勧善懲悪,効率第一,などなどという文化が前提にあります。それから,これも大変重要だと思うのですが,初等教育から高等教育まで一貫して,自由な発想と自由な意見交換を小さいときから子供にたたきこんでいます。自分の意見をレポートにして提出したり,課題研究などで直ぐにレポートにまとめさせるなど,小さいときから,自分がどうものを見て,どう考えるかを徹底的に訓練します。おのずと論理性にも磨きがかかりますし,書くことがうまくなります。すなわち,論理的に考えることが上達します。

まだまだ他に理由は探せるとは思われますが,とにかく日本人は以上の問題をすべて含んだ意味での「英語力」というか「言語力」について,英語を母国語とする研究者とくらべて劣っています。

ではどうすればいいのか?答えは一つです。努力あるのみです。それも生半可な努力ではだめです。もし,あなたが大学院を出て,これからこの努力を始めようをするなら,本当に死にものぐるいでやらねばダメです。私もそうですが,二十代後半から英語を真剣に勉強しよういうのは遅すぎるからです。できることなら,十代でこのことに気がついてもっと「英語力」をつけていけばよかったと思っても,後の祭りです。早くやれば早くやるの越したことはありません。十代でちゃんと英語を勉強すれば,もっと言うと,そういう環境に自分をおくことができれば,発音も違ってきますし,英語で考える能力もしっかりと脳にインプリントされることでしょう。

ただ,三十近いからといってあきらめてはダメです。何とかなります。私がやっています。もし,留学する機会をもたれたら,ぜひとも積極的に自分を英語社会にどっぷりと浸らす努力をしてください。できるだけ日本語を話さない努力も一時的には必要です。3年が勝負でしょう。もしこれができれば,かなり相手が理解できるようになるでしょう。自分の言いたいことが言えないまでも,相手の言っていること,考えていることがわかることは第一条件です。会話はそこから始まります。次になんとか自分の言いたいことを言えるようにせねばなりません。それには,日本語で思ったことを英語に訳して口から発音するというような作業は役に立ちません。英語で言われたことには,英語で考えて,英語で話すことが必要です。当たり前のことですが。さまざまな英語表現を習得し,その中でどれが一番自分の言いたいことに近いか?を探してみてください。それを瞬時に判断して口から出せれば,会話になります。英語で話したり,書いたりするためには,まず彼らの話し方,書き方を学び,その中で自分好みの話し方,書き方を見つけることが寛容です。

あまり答えにはなっていないかも知れませんが,「英語力」の大切さを指摘したかったので,紙面を割いてしまいました。

荒田

私は,伊倉さんのおっしゃっていることに100%賛成です。“若者よ,伊倉先輩に続け”と鼓舞したいと思います。

私は以前,岩波ジュニア新書『自分をつたえる』(2002)を執筆したとき,伊倉さんと同じ趣旨のことを書きました。こちらも読んでほしいと思います。


つづく

by yojiarata | 2011-08-02 15:45 | Comments(0)
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