荒田 次に一番重要な創薬の種探しについてコメントをお願いします。 平岡 日本では古来,植物そのものを経験から医薬として使用してきた例が多かったのですが,20世紀に入り天然植物中の抽出精製成分(低分子化合物)そのもの,またはその誘導体が薬として用いられるようになりました。これが20世紀半ば以降には,微生物,動物(主として海洋生物)生産物にも移行して現在に至っています。 それと同時に生体内細胞のリセプター理論の確立・実証により,合成低分子化合物医薬の全盛時代を迎えるに到りました。勿論20世紀の後半にはタンパク質も重要医薬として病気の治療に華々しく登場しています。とくに最近では抗体医薬が数多く登場し,その将来も明るいと予想されています。 それでは次に製薬企業の研究室での薬の種探しの実情をお話してみたいと思います。まず最初に,研究・開発対象となる病名が決定されます。次いでその病気の原因が解明されているか否かの調査を行います。原因不明の場合は当然,自社の生物系の専門家によりそれの解明から始める必要に迫られます。 病因が或る程度解明されている場合は,そのスクリーニング系を構築しなければなりません。これは一口にそう言ってしまえば単純に思えるかもしれませんが,ここが一番むずかしくまた困難な点でもあります。例えば病因タンパク質(リセプターなとを含む)を一つに絞り込めれば,これの生成阻害薬(機能停止薬)あるいは機能促進薬を開発しようと企図してスクリーニング系を開発することになります。 一番の問題点は,この病因の目的タンパク質が分子生物学的生体内経路(生化学マップ)のどの位置あるかについての解明が完全になされているか否かにあります。経験的にいえば,創薬の目的タンパク質が生化学マップの最終経路に近いところに位置するものは副作用発現のリスクが少ないこと,また酵素作用の阻害の場合はこの酵素の働く部分が ”rate determining step” であれば,作用がシャープで薬効発現が顕著となることが知られています。 しかし創薬の初期の段階では,目的タンパク質の生化学的マップ上の位置および重要性が学問的によく解っていないことが多いのです。言い換えれば,未知のファクターが多いのです。これらのファクターを解明してから創薬にとりかかればよいのですが,それには大学で行うような基礎研究を長い期間(5-10年) にわたって遂行しなければならず,製薬企業研究者としては実現が不可能です。したがって予想,見込み,仮説をたてて1つの病因目的タンパク質を決定して薬の開発を始めることとなります。この仮説が正しかったか否かは,7-10年後に多くの専門家が関与して決定された候補化合物のヒトでの臨床試験が始めてからようやく判明するのです。すなわちここにセーレンディピティなどのファクターが入り込んでくることとなります。言ってみれば,言葉は良くありませんが,“神頼み” なのです。 荒田 最近の実例を一つあげてください。 平岡 老人の痴呆は脳内にβアミロイドとよばれるタンパク質が蓄積することによると学問的に解明・推測されています。また,この β アミロイドはアミロイド β 前駆体から β と γ セクレターゼというプロテアーゼ (タンパク質分解酵素)により作られることも判明しています。そこで多くの製薬企業と大学の研究者がこの2つのプロテアーゼ阻害薬を夫々開発し,最近ヒトでの臨床試験が行われました。驚いたことにこの臨床結果は,予想に反して,いずれも思わしくなかったのです。多大の研究上の労力と10年以上の研究時間を使った結果が現時点ではネガティブで最近の Natureにも β アミロイドは創薬ターゲットとしては不適である可能性が高いのではないかとのコメントが記載されています。すなわち,初期の創薬ターゲットタンパク質の決定にはどんな場合でも「未だ未知」というリスクファクターが存在するのです。 現在の創薬の世界的傾向は年々米国 FDA より許可取得する新薬の数が下降していますので,「今までのブロックバスター製品モデルは崩れつつある」と表現されています。確かに低分子合成化合物の新薬が減少しつつあり,代わりに抗体医薬などが増加傾向にあることは事実ですが,これがすぐに「低分子化合物サヨウナラ,抗体医薬コンニチハ」ではないと私は理解・推察しています。 要は開発が比較的やさしい医薬の開発時代は終了し,開発が非常に難しい医薬,すなわち,がん,抗痴呆,自己免疫疾患等の対応薬が残されているということなのです。この事情は,経済と同じで,例えば1960年 → 1989年までは日本は大きく経済発展したが,それ以降現在までの約20年間は停滞しています。一方,中国では現在,日本の20世紀後半の進展課程を辿っていますが,やはり何年か後は停滞を経験すると思います。 この様な開発新薬の減少に直面し,大手製薬会社では,日本も外国も研究所の再編,ベンチャー企業との共同研究,その買収,大学との関係強化等の対策を実行中です。日本でも,武田が筑波と大阪の研究所を統合して湘南に大研究所の新設,ファイザーも Centers for Therapeutic Innovation の設立するなど激しい動きがみられています。
by yojiarata
| 2011-06-30 13:15
|
外部リンク
最新の記事
メモ帳
荒田洋治 昭和一桁最終便 覚え書 (アドア出版, 1995,絶版) 荒田洋治 昭和平成春夏秋冬 改訂・Web 版 (2016) 左クリックして ください。 これまでにこのブログに掲載した記事は,以下の通り,年度,月別に掲載されています。 以前の記事
2018年 09月 2018年 07月 2018年 05月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 02月 検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||