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薬学部6年制 Ⅴ


フランスとアメリカにおける薬学の現状

西欧先進国において薬学がどのような経過をたどって現在に至ったについて,フランスとアメリカを取り上げて要約する。

フランスの場合

ルネ・ファーブル/ジョルジュ・ディルマン(奥田潤,奥田陸子訳)『薬学の歴史[三訂版]』(文庫クセジュ,白水社,1994)には,医学とともに,フランスの薬学がどのような変遷を経て今日に至ったかが明快に記述されている。

初期の病気治療は,魔術師・祈禱師あるいは僧侶によって行われていた。この点に関しては,ヨーロッパに限らず,中国,さらに日本でも代わりはない。当時は,薬物に頼らず,呪術やお祓いなどで治療を行っていたであろう巫女たちが,薬草や毒草についてもっていた知識は,近代の薬物の開発につながっていった。

医師たちは,当初,調剤は下等な技術であり,調剤師を監視していなければならない助手と考えていた。このことが,医学と薬学の間の摩擦を惹き起こすことになった。このようにして,欧米諸国では,医薬と薬学の分離が起こるべくして起きたということができる。

医師と薬剤師の熾烈な闘い,その結果としての“医薬分業制”の確立,そして,薬学6年制が法律によって制定(1987年)に至るまでの過程が明快に記述されている。フランスにおける薬学部(6年制)の学生の選抜は極めて厳格であり,『薬学の歴史』の訳者のあとがき(137-138ページ)に記述されているように,選ばれしエリートのみが薬剤師としての資格を取得することができる。

薬学部(6年制)に入学し,一人前の薬剤師になるための資格を取得するには,きわめて厳しい選抜が行われる。

フランスでは,薬学部(全国国立大学)へ入学するためにはバカロレアに合格していなければならない。薬学部へ入学すると,一年生の後半に進級選抜試験があり,約三分の二の学生は不合格となる。学力が一定水準に満たないものを不合格とするためと,二年生へ進級できる学生の数が毎年政府によって決定されることになっているためである。

選抜試験に合格した学生は,四年生で薬局コース(70-80%),臨床生物学コース(15-20%),製薬学コース(5-10%)に分かれる。臨床生物学コースへ進んだ学生は,五,六年生の間にインターン国家試験に合格しなければならない。また三コースのいずれに進んでも,五,六年生のどちらかで六ヶ月間の病院薬局および開局薬局の実習が必須となっている。

六年生を終了すると大学で行われる薬剤師試験があり,この試験に合格して初めて薬剤師の地位につくことなることができる。

『薬学の歴史』の「訳者まえがき」には,「医薬分業」について,次のように書かれている。

・・・ フランスではすでに十三世紀からすでにその体制が確立し,その他の欧米諸国もそれと前後して同じ道をたどったのであった。医薬分業下では,医師は患者の病気の診断と治療に専心し,薬にかんしては処方箋を渡すだけで,調剤・投薬は行わない。いっぽう薬剤師は,その専門知識をじゅうぶんに生かして処方箋にしたがって調剤を行い,患者に安全・確実な薬を交付する。これらの国ぐにでは,医師も薬剤師も,また国民も,それを当然の姿として受けとっているのである。・・・

突然話題が変わるが,フランスでは,食べてもよいキノコか,毒キノコかは,街の薬局にいけば,。薬剤師が判別してくれるという。 市民に信頼されているフランスの薬剤師の懐の深さ,能力の高さを知る上で,大変参考になる話である。

アメリカの場合

アメリカに目を転じると,薬剤師は実質的には,フランスの場合と大同小異である。すなわち,ファーマシストとよばれる激烈な競争を勝ち抜いたエリートたちは,フランスの場合と同様,治療方針を議論する会議に出席し,医師と対等に発言する。給与も医師と対等である。

KUROFUNET(2010年7月13日号)に,前田幹広博士(メリーランド大学医療センター・集中治療専門薬剤師レジデント)による極めて興味のある記事が掲載されている。本書に引用させていただくことを前田博士にご快諾いただいたので,以下にその要点を引用する。

臨床薬剤師への登竜門

薬剤師レジデンシーは,現在では志願者数が募集人数を上回っていることが多く,特に志願者が集まる大学病院では熾烈な争いとなっています(3人の募集枠に100人が応募したとかいう話も聞きました)。今年になると特に不景気の影響が色濃く表れて,「レジデンシーを修了しないと病院で働けないのではないか?」という危惧から,レジデンシーへの応募者がますます増えることになりました。

1年目のレジデンシー(post-graduate year 1, PGY1)は薬学一般を学ぶもので,専攻はありません。「内科学」「集中治療学」「感染症学」「外来」などの分野を1カ月ごとに学んでいきます。

一方,2年目のレジデンシー(post-graduate year, PGY2)では,専攻を選択して突き詰めていくことになります。2010年現在,全米のPGY2で最も多くを占める専攻は「集中治療学」で,次いで「腫瘍学」「外来」「感染症学」と続き,最も募集の少ない「栄養学」に至るまで約20の専攻が存在しています(*注)。

*注 2010年現在,PGY2の専攻には次のようなものがあります(本文に挙げたもの以外)。「薬局管理学」「小児学」「循環器学」「薬物情報学」「救急救命学」「老人学」「HIV」「医薬品安全学」「核薬学」「疼痛緩和学」「薬物治療学」「移植学」。

最近では,全米の薬学部の卒業生は約1万人となっていますが,PGY1の募集人数は約2000人,PGY2では約450人です。2010年のマッチングに参加したのはPGY1で約3000人,PGY2で約370人であり,そのうちマッチしなかったのがPGY1で約1000人,PGY2で約100人に上りました(薬剤師レジデンシーは,医師の場合と同様にマッチングプログラムによる選考となっています)。

病院薬剤師の分類

アメリカの病院薬剤師は,1)スタッフ薬剤師(Staff Pharmacist),2)臨床薬剤師(Clinical Pharmacist),3)専門薬剤師(Clinical Specialist)の3つに大きく分類されます。

スタッフ薬剤師は,医師の処方内容を監査し,調剤助手(テクニシャン)が調剤した薬をチェック後,薬局から病棟へ送ることが主な仕事です。臨床薬剤師は,主に専門薬剤師がいない地域病院で臨床業務を担います。専門は持たず,ジェネラリストとしての知識と経験が求められています。専門薬剤師は,大学病院や大規模病院に配置され,専門性を生かした臨床業務を行ないます。専門性を獲得するため,通常はPGY2まで修了することが必要です。

なお,レジデンシーを経た薬剤師の多くは臨床薬剤師として働こうと就職活動に励みますが,昨今の経済事情の中でなかなか職を見付けることができず,スタッフ薬剤師として働かざるを得ないこともあるようです。

スタッフ薬剤師の視点,臨床薬剤師の視点

薬剤師レジデンシーでは,薬剤部のスタッフ薬剤師として一定の時間働くことを求められるプログラムが多く(「スタッフィング」という),スタッフ薬剤師と臨床薬剤師の両方の経験を積むことができます。スタッフ薬剤師として働くときと臨床薬剤師として働くときとでは,考え方に多少の違いが出てくるので,当初の私はスタッフ薬剤師として働くことに戸惑いを隠せませんでした。

スタッフ薬剤師として働くときは,薬剤部にいて医師の処方内容を監査するため,既往歴をはじめとする患者の背景などは,ほとんど分かりません。したがって,病状を踏まえて処方を監査することは難しく,主として薬理学・薬剤学的な観点からの監査になります。

例えば,抗菌薬のリネゾリドが処方された場合,スタッフ薬剤師として考えることは,「相互作用のある薬(SSRIなど)を服用していないかどうか」「ほかに同様の抗菌スペクトラムを持つ薬(バンコマイシン,ダプトマイシン(日本未承認)など)を服用していないかどうか」「用量に問題はないか」といったことになります。また,抗菌薬ですから,できるだけ早く病棟に送らなければなりません。

一方,臨床薬剤師として回診を経てリネゾリドの処方を始めるという場合は,スタッフ薬剤師が考えるようなことに加えて,リネゾリドが患者の現在の病状に適しているかも評価します。

リネゾリドは通常,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)による感染症に対して使用されますが,MRSAの場合では,「バンコマイシンではなく,リネゾリドを投与する根拠があるかどうか」も考える必要があります。リネゾリドの投与が妥当だと判断できれば,血小板減少症などの副作用を念頭に置いた上で,「何をモニタリングする必要があるか」「どのくらいの期間投与すればよいか」といったことを考えていきます。リネゾリドの投与に疑問を感じた場合は,ほかの抗菌薬を提示したりもします。

薬剤師レジデンシーで学ぶことは,臨床薬剤師としての考え方,つまり薬理学・薬剤学的な考え方にとどまらず,薬物治療学的な考え方を養っていくのにも大変有用です。こうしたことは,スタッフ薬剤師として働いているだけで身に付けることは難しいもので,薬剤師がレジデンシーに進むことへの大きな動機付けとなっているのです。

以上で,前田幹広博士の記事の引用を終わる。


つづく

by yojiarata | 2011-05-07 00:20
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