がん細胞 に 聴く  吉田富三・門人 との 対話 を もとに  巻のⅠ




ご隠居さん。お汁粉の次は何の話?

「がん」について書くよ。

ご隠居さん。高齢のため,アタマのほうに少々問題が出てきたんじゃないの。だって,ご隠居さんは,化学が専門でしょう。お医者さんでもないご隠居さんが,がんの話をするのは,滑稽で,とんでもないお門違いじゃありませんか。

ところが,そうでもないんだよ。

科学一般を専攻した人でないと書けない部分があるんですよ。私の頭に問題があるかどうかは,今から書く記事を読んでから決めて下さい。



***




その一 がんと日本人


がんは1980年頃を境として,日本人の死亡原因の第1位になり,その後も増加の一途を辿っています。現在では,日本人の死亡原因の1/3にはがんが直接,間接に関わっているといわれています。現代に生きる我々は,がんと無縁ではありえないのです。

詳細な統計データが,厚生労働省のウェッブ・ページに掲載されています。篤とご覧ください。



平成26年度 人口動態統計特殊報告
「日本における人口動態 -外国人を含む人口動態統計-」の概況
(厚生労働省)



このような状況にあって,多くの人が,がんとは何か,現代の科学ががんとどう向き合っているのか,今後の展望はどうかなど,がんに関する教養を身に付けたいと希望しているのではないでしょうか。

事実,一般読者を対象として,がんの著書が数知れず出版されています。これらの著書は全て医師によって執筆されたものです。私は可能な限りこれらの著書に目を通しましたが,残念ながら,一般読者の疑問に応えうるものに出会うことはありませんでした。



その二 歴史のなかのがん


がんは先史時代から人々を悩ませていたようです。ジャワ原人の骨やスイスのミュンジンゲンで発見された新石器時代の戦士の上腕骨に「骨肉腫」(骨の悪性腫瘍)の痕跡が認められるということです [→ ピエール・ダルモン(河原誠三郎,鈴木秀治,田川光照訳)『癌の歴史』(新評論,1997,29-30ページ)] 。


医学の祖あるいは医術の父と称される 古代ギリシアの医師 ヒポクラテス (前460頃ー前375頃)の著作には,すでに 乳がん についての記述があります。『ヒポクラテス(小川政僑訳)古い医術について 他八編』(岩波文庫,1963)。

体の表面に出来た 乳がん のかたちが,甲羅から足を伸ばしたカニのかたちに似ているところから,カニを語源とする cancer(英語), Krebs(ドイツ語),Carcinoma(ラテン語)が用いられることになったようです。



その三 腫瘍とは何か


腫瘍(tumor)とは,読んで字の如く「はれもの」です。細胞分裂時の突然変異によって発生した腫瘍細胞が,免疫系の監視を潜り抜けて,生体から排除されることなく分裂を繰り返し増殖し,はれものとなります。健康な人の細胞が備えるべき秩序が失われると,細胞が闇雲に突っ走る結果として腫瘍が形成されるのです。

腫瘍(tumor)は,地理的にはある国の一部でありながら,独立を主張し,その国の憲法を全く無視して勝手気ままに勢力を拡大していく 革命自治政府 のようなものです。


腫瘍は,“新生物”(neoplasm)と “悪性新生物”(malignant neoplasm)に分類されます。


新生物は,腫瘍が発生した部位の正常の細胞と姿,かたちがほとんど変わらない細胞から成り立っています。新生物は 良性腫瘍(benign tumor)と同義語です。

良性腫瘍の細胞は増殖が遅く,腫瘍が一定の大きさに達すると増殖が止まります。その結果として腫瘍は局所にとどまり,浸潤も転移も起きません。

良性腫瘍は,必要なら手術によって摘出することも可能です。特別の場合を除いては,良性腫瘍が致命的になることはありません。よく知られた例外は脳腫瘍です。硬くて狭い閉鎖空間に発生した腫瘍は,たとえ良性であっても一命に関わることがあります。

一方,悪性新生物すなわち 悪性腫瘍 は,自らの周りの組織を破壊しながら増殖を続け,さらに血液,リンパ,体腔などを介して身体の様々な場所に飛び火します。悪性新生物,悪性腫瘍(malignant tumor),がん(cancer)は全て同義語です。



その四 ほとんどのがんは,体の「表面」から発生する


人の身体の至るところからがんが発生します。しかし,はっきりといえることがあります。それは,結合組織や支持組織などからも,がんは発生するけれど,ほとんどのがんは身体の表面を覆っている上皮組織から発生するという経験的事実です。

すなわち,身体の「表面」は,がんの多発地帯なのです。身体の表面は皮膚で覆われています。皮膚の驚くべき多様な機能については,傳田光洋『皮膚は考える』(岩波科学ライブラリー,2005)に興味深く綴られています。

ここで私がいっている表面は,皮膚のように,われわれが目で見たり手で触ったりして,直感的に理解できるものばかりではありません。つぎのような仮想の実験を想像してください。

体内の組織に触っても傷つけないように注意して作った細くて軟らかいプラスティックの長い棒を口からそっと差し込んでみます。この棒は食道から,胃,小腸,大腸,肛門を通って身体の外に出ます。棒の先端が接触できる食道から肛門にいたる消化管の上皮組織はすべて身体の表面です。

肝臓細胞も上皮細胞すなわち表面です。お酒が過ぎると,胃液や胃の内容物と一緒に,胆汁を吐きます。肝臓細胞が口につながっているからです。人の身体からは尿も出れば,汗も鼻水も出ます。体液が出てくるところは,すべて表面です。似たような状況を想定すれば,子宮頸部,子宮体部の上皮組織はいずれも表面であることが理解していただけるでしょう。子宮体部の上皮組織を形成する子宮内膜は,生理のたびに剥がれ落ちて,血液とともに体外に流れ出ます。

別の例を挙げれば乳管です。母乳を作る乳管細胞が乳頭を通って外に繋がっていなければ,おなかを空かせた赤ちゃんの口に母乳は入りません。肺の上皮組織も表面でその機能を発揮します。酸素を取り込み,二酸化炭素を吐き出すためには,肺胞の表面が口,鼻につながってなければなりませんから。

余談ですが,乳がんは男性にも発症します。立派に乳腺が存在しますから。もっとも,確率的には,女性の場合の 1/1000 程度です。



その五 実質とストローマ


上皮組織は,たとえば胃では粘膜上皮組織として,消化酵素の分泌などに関わっています。このように,ひとつの塊となって,生きていくための機能を発揮する細胞の集団を 実質 とよびます。

一方,結合組織は身体が出来上がっていく過程で生じた細胞間の空隙を埋め,身体を支える役割を果たします。ここで注意していただきたいのは,上皮細胞には,自分自身の活動を支えていくために必要な酸素と栄養の補給路が備わっていないということです。このため,上皮細胞の生存に必要な酸素と栄養は,結合組織に大量に存在する血管によって供給されています。

結合組織は 間質 あるいは ストローマ (stroma) と総称されます。以下の文章では,ストローマを統一して用いることにします。ストローマは,実質が心おきなくその使命を実行するために用意された,普遍的かつ必要不可欠な組織です。

例えて言えば,登山する部隊(実質)に食料などの支援をする基地に設置されたキャンプがストローマと考えればよいと思います。

上皮とストローマは,基底膜 とよばれる薄い膜によって隔てられています。電子顕微鏡で見ると,基底膜はコラーゲン,ラミニンなどの線維から作れている目の粗い網です。

強調しておきたいことは,「上皮のあるところにストローマあり」ということです。すなわち,上皮とストローマはつねに一組のセットとして考えるべき存在です。基底膜によって隔てられた 上皮とストローマ の関係は,正常組織の場合であっても,悪性腫瘍の組織であっても概念的には変わりはありません。

付け加えておきますと,今 筆者がブログを書いている PC には,オックスフォード英語辞典 の CD-ROM版がアップロードしてあります。そこには,stroma は「座ったり,寝そべったりするために拡げられた敷物」を意味するギリシャ語に由来するとあります。成程と納得させられる説明です。座ったり,寝そべったりするのは実質である上皮細胞,敷物は防波堤である基底膜を最前線に配備したストローマです。



その六 癌と肉腫


読者はすでに気にされていることと思いますが,これまでに,腫瘍,悪性腫瘍,良性腫瘍,がん,癌という表現をとくに断りなしに使ってきました。ここで,この点を整理しておきます。

 上皮細胞を故郷とする悪性腫瘍を癌とよぶ

上皮から発生する悪性腫瘍は漢字を使って と表現します。すなわち,癌細胞の故郷は上皮細胞です。悪性腫瘍の大半は上皮組織から発生します。すなわち,悪性腫瘍といえば,ほとんどの場合,癌を指すと考えてよいのです。

活発に分裂を繰り返しているあらゆる上皮細胞から癌が発生します。悪性化は1個の細胞から始まりますが,分裂しない細胞は悪性化しません。例えば,心筋細胞は分裂しませんから,心筋から悪性腫瘍が発生することはないのです。また,分化の進んだ上皮細胞ほど,悪性化し難いのも事実です。例えば,眼の角膜は分化が極度に進んでいて,核が存在しません。したがって癌にはならないのです。切っても痛くないことからわかるように,爪や髪の毛は死んだ細胞であり,やはり癌にはなりません。

癌はからだのあらゆる部分にできてもよさそうなものなのに,何故ことさら上皮から発生するのでしょうか。上皮は,外界との絶えざる接触に曝されている身体の「最前線」に配備された防人 さきもり であり,外界からのさまざまな刺激を受けて,何らかのトラブルがつねに発生している場であると考えてよいでしょう。


● 非上皮組織から発生する悪性腫瘍を肉腫とよぶ

上皮から発生する癌に対し,ストローマを含む非上皮組織(骨,軟骨,血管,筋肉,神経など)から発生する悪性腫瘍を 肉腫 とよびます。

一見悪そうに見えなくても,「悪い奴」であることには何らかわりがない,というのが肉腫の,なんともやっかいな点です。人間の社会でも,何となく頼りなげでしかも礼儀正しく,つい声をかけたくなる「二枚目」に,“ まさかあの人が ” というような場合がありますので,気を付けて下さい。

経験的には,肉腫は癌に比べて発生頻度が圧倒的に低いことが知られています。成人の場合,悪性腫瘍のなかで肉腫の占める割合は10%をはるかに下回ります。しかし,小児に限っていえば,何故か,肉腫は悪性腫瘍全体の15-20%に達します。



その七 癌 と がん と ガン


現在,書籍,新聞などでは,癌 と がん と ガン という風に,漢字と平仮名と片仮名を見かけます。

かって,東京の大塚にあった 癌研(財団法人癌研究会癌研究所)は,漢字の 癌 を使っていました。吉田富三先生が所長をしておられた頃から,癌には肉腫が入らないから困るといって,気にされていたということです。現在,癌研は東京都江東区有明に移転し,名前も 「がん研有明病院」と変わりました。

「国立がん研究センター」 は,中央病院が東京都中央区築地,東病院が千葉県柏市にあります。


つまり,現在では,癌と肉腫いずれの場合にも 「がん」 とよぶことに統一されました。

片仮名の「ガン」は病理の専門家は使いません。



その八 浸潤,転移,播種


がんはいったいどこから来て,どこへ行くのでしょうか。がん細胞が最初に発生する場所を 母地 ぼち とよびます。例えば,胃がんの発生母地は胃の腺上皮です。

発生母地 から,がんがストローマの中を拡がっていくのが 浸潤 しんじゅん です。浸潤 は発生母地から連続して起こります。あたかも,騎兵部隊(がん細胞)が 砂塵 ( ストローマ ) を巻き上げながら原野を駆け抜ける感があります。

転移 は,がん細胞が発生母地から非連続的に移動する現象です。非連続的というのは,血液,リンパの流れに乗って,遠く離れた場所へ飛び火することを意味します。

がん細胞は,最後に器官の壁を突き破って器官の外に散らばっていく場合があります。この現象は 播種 はしゅ とよばれます。

図には,がん細胞が浸潤に続き,胃壁を破って腹腔に拡がる播種が描かれています。播種によって,がん性腹膜炎が惹き起こされます。肺がんの場合も同様にして,がん細胞が胸腔内に拡がります。浸潤の究極の姿である播種への移行によって,がんは終幕へと進みます。


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播種の模式図:青木幹雄博士による


がんは何故,浸潤,転移するのでしょうか。あるいは,がんは何故,浸潤,転移しなければならないのでしょうか。吉田富三門下の佐藤春郎博士は次のように書いておられます [→ 佐藤春郎『がん細胞の営み』(朝日選書324,1987,113-124ページ)] 。

《がんの転移を考えるとき,ふと海外への移民を連想することがある。・・・がんの細胞も生まれ故郷(原発巣)から遊離して体内を巡るが,転移巣を築くまでの一生は,まさに流浪の民といってもよい。定着して転移巣を形成できる“成功者”はどれくらいあるのだろうか。成功の条件は何なのか。・・・ がん細胞が故郷(原発部)を離れて,流浪の旅にのぼるのも,何かやむにやまれぬ理由があるのではないだろうか。・・・》

転移して別の臓器に移っても,がん細胞は故郷にいた頃の姿,形を保っていることが少なくありません。したがって,組織標本をみれば,この細胞はどこが故郷か,つまり,発生母地はどこかが分かります。遠く故郷を離れても,故郷のしきたりを守り続けるがん細胞の性質が,がんの診断に役に立つのです。

肝臓細胞は,胎児のときとがん化したときに限って,タンパク質・αフェトプロテインを作ります。したがって,がん化した肝臓細胞は,免疫染色によって区別できます。胃の上皮細胞は,たとえがん化しても,αフェトプロテインを作ることなど絶対にありません。ところが,肝臓へ転移したあと,もともとは胃の上皮細胞でありながら,αフェトプロテインを作りはじめることがあります。つまり,この細胞は,肝臓に移り住んだあとは,自らが胃上皮を故郷とすることを忘れてしまっているのです。このように,別の国に移り住んで,その国に同化していく場合もあります。これも移民の一つの姿かもしれません。

浸潤,転移があれば,がんだと断定できます。

吉田富三門下の友人の話ですが,組織標本を顕微鏡の下で傍若無人に浸潤,転移していくがん細胞をなすすべもなく見ていると,あの狂乱の時代に生きたアドルフ・ヒットラーのことがふと頭をよぎることがあるそうです。

浸潤とか転移は,場合によって,速かったり,遅かったりします。臓器によっても差があります。一般的にいって,自然科学では原理・原則をもとにものごとを考えます。ところが,困ったことに,がんの場合には,その原理・原則が見付からないのです。がんがどこにできて,そしてそのあと,一体どのように浸潤していくのか,どこに転移するのか,まったく予測がつかないのです。

肉腫は血管に入りやすい性質があります。従って,肉腫は血管を伝わって転移して行きます。これに対して,胃がん,子宮がん,乳がんなどはリンパ管を伝わって転移することが多いのです。乱暴に割り切っていえば,肉腫細胞は血管を好み,がん細胞はリンパ管を好みます。これは悪性腫瘍の病理学の大原則です。無論,御想像いただけるように例外は少なくありません。

ここで,転移について付け加えておきたいことがあります。脳腫瘍には,そのほかの悪性腫瘍にない特徴があります。脳の実質内に発生した悪性腫瘍は,脳の外へ転移することは極めて稀です。逆に,脳以外の臓器に発生した悪性腫瘍が脳へ転移する場合,脳血管への腫瘍塞栓が大半で,髄液を介して脳に直接浸潤することは極めて稀です。首から上に発生した副鼻腔がん、舌がん、唾液腺がんなどは、局所再発だけでなく,肺にも転移します。



その九 漢字の癌について


『安藤博 乳腺疾患の歴史 - 主に外科史を中心に -』(癌の臨床 別集21,篠原出版,1992)には,中野操博士の報告『癌という漢字について』(日本医事新報 No.2248,43ページ,1967)が引用されています。中野博士の報告の要点は以下の通りです。

 癌という文字は中国で最初に用いられた。

● 最古の例は,南宋の時代の1264年の文献にみられる。

● 日本での初出はそれより遙かにあとの寛文6年(1666)で,その頃には,岩,巌,癌の三通りの書き方が使われていた。

● その後,慶應から明治にかけて,医書のなかで癌に統一された。


小川鼎三『医学用語の起り』(東書選書,1990,23ページ)によると,華岡青洲(1760-1835)の著書の題名は『乳巌治験録』(1805)であり,広田憲寛の『改正増補訳鍵』(1857)には「乳岩の一種」という言葉が使われています。後で述べますが,乳がんが進行すると,乳房が岩のように硬くなります。岩と巌はともに,言い得て妙です。






つづく

# by yojiarata | 2017-01-18 23:59 | Trackback | Comments(0)

がん細胞 に 聴く  吉田富三・門人 との 対話 を もとに  巻のⅡ



第十話 検診 と 治療


● 画像診断技術の進歩

がんの対策は,年々急速に進歩しています。

MRI の導入によって,それまで検診といえばレントゲン写真撮影だった画像検診が革命的に変化しました。それまでのレントゲン検査は,2次元の平面的な情報だってものが,MRIによる3次元情報,しかも,必要とする部位を取り出すことができるからです。

詳しいことは,2012年5月27日に執筆したブログ『MRI 第1話-第10話』を読み直してください。

MRIによる画像診断をきっかけとして,X線CTなどの診断法が進歩し,診断技術が大きく変わりました


● 外科手術

画像診断技術の発展に伴って,外科手術の正確性も飛躍的に向上しました。


● 遺伝子レベルでのがん対策

近く退任するアメリカのオバマ大統領は,昨年の秋,がん対策として,今後,Precision Medicine の路線を執るべきであると演説しました。

がん治療とその方策の現状については,昨年の12月8日に執筆したブログを再読してください。


創薬・新版(2016)日本の現状と将来 巻の1,2



第十一話 がん細胞には個性がある


● がん細胞とヤクザ


組織内における正常細胞とがん細胞の振る舞いはどこが違うのでしょうか。

正常細胞は,周りに気を使いながら,隣接する細胞とたがいにコミュニケーションをとりあって,仲良くニコニコ暮らしています。ご近所の細胞を押し退けて自分勝手に増えることなどありません。ところが,いったん悪性化すると,急に人が変わったように,周りのことなどどうでもよくなって,自分勝手にメチャクチャに行動を始めるのです。これをがん細胞の 自律性 とよんでいます。

自律性は,がん細胞の本質的な特徴のひとつです。なんだか人間の社会に似ているようにも思えます。ある博徒を対象に潜入ルポを試みようとしていた吉田直哉・NHKプロデューサー(当時,1931-2008)に,父上である吉田富三先生が次のように話されたそうです [→ 吉田直哉『私伝・吉田富三 癌細胞はこう語った』(文春文庫,1995,300ページ)] 。

「ヤクザは面白い。悪性にはちがいないんだが,乱暴にとり除くとまた別の副作用がでてくるんだな。結局はうまく共存しなければならない。問題は,悪性の度合いとその本態なんだから,よく見てきて教えてくれ」・・・ 最終的には共存するしかない癌細胞,その映像が,父のなかでヤクザのそれと完全にオーバーラップしたのだ。

吉田直哉氏は,「父・富三は顕微鏡を考える道具とした最初の思想家であった」と回想しておられます。吉田富三『随筆集 生命と言葉』(読売新聞社,1972)には,吉田先生が考えておられた癌の世界が,実に興味深く綴られています。私はこれら二冊の著書を繰り返し読み,吉田先生の言葉と哲学に深く感銘を受けました。


● ノーベル賞


1966年,国際対がん連合・第9回国際癌会議(組織委員会委員長,吉田富三先生)が東京で開催されました。私は本書のこの部分を執筆するため,当時の会議資料などの一次情報ソースを閲覧すべく努力しましたが,残念ながら現時点までに見付かっていません。従って,以下の記述は,会議について連日のように報道した産経新聞を通じて知り得た二次情報によっていることをお断りしておきます。

この学会における大きな話題は,同年10月24日夜,東京の赤坂プリンスホテルで開かれた「山極勝三郎記念講演会」における フォルケ・ヘンシェン博士(Folke Henschen,1881-1977,ストックホルム・カロリンスカ研究所・名誉教授,当時)の講演でした。ヘンシェン博士は「実験的タールガンとその歴史的重要性(ポットから山極まで)」と題する講演のなかで,40年前のノーベル生理学・医学賞の選考経過をつぎのように淡々と語られたということです。

《ドクター・ヤマギワのタールがんの方が,原因が明確で学問的価値が高い。ノーベル賞はヤマギワにすべきだ。私は強く主張しました。・・・ しかし委員の中から,東洋人にノーベル賞は時期尚早であるとの意見が出されました。当時,私はまだ若く,意見は通りませんでした》

山極博士は,ノーベル賞の候補として最後まで残っていたのです。ノーベル賞の選考過程が公表されるなどということは後にも先にも例がありません。この暗黙のルールを破ったヘンシェン博士は当時84歳,1926年のノーベル賞選考委員会のメンバーのただ一人の存命者でした。


***



1926年のノーベル生理学・医学賞は,“スピロプテラ・カルシノーマの発見”によって,デンマーク・コペンハーゲン大学の病理学者ヨハネス・フィビガー博士(Johannes A.G.Fibiger,1867-1928)に贈られました。フィビガー博士は,「がんの原因を発見した。あらゆるがんは,寄生虫によって惹き起こされる。寄生虫の名前はSpiroptera carcinomaである」という主旨の論文を発表していました。しかし,あとになってフィビガー博士の研究は全くの間違いだったことが明らかになったのです。

ノーベル賞選考委員会の大失敗でした。このためもあってか,フィビガー博士のあと,がんの研究にはノーベル賞を与えないという時代が長く続くことになりました。 → ピエール・ダルモン(河原誠三郎,鈴木秀治,田川光照訳)『癌の歴史』(新評論,1997,188-189ページ))



第十二話 散る桜 残る桜も 散る桜



立春も過ぎた2月のある日,雪がチラチラ舞っていました。眺めながら,良寛の句とともに,“がん”のことがふと頭をよぎりました。それと共に,昔の人々が吐露した数々の感慨が頭に蘇ってきました。

室町時代に流行した語りを伴う曲舞の一種である 幸若舞 こうわかまい は,中世から近世にかけて,能と並んで武家達に愛好された芸能であり,武士の華やかにしてかつ哀しい物語を主題にしたものが少なくありません。中でも,一ノ谷の戦いの平敦盛と熊谷直実に取材した『敦盛』は特に好まれたといわれています。

『敦盛』の中に,


人間五十年,化天のうちを比ぶれば,夢幻の如くなり

一度生を享け,滅せぬもののあるべきか



という詞章があり,非業の最期を遂げた織田信長がこの節を特に好んで演じたと伝えられています。


生物の誕生は,生物の死を意味します。しかし,がん細胞はこの生物永遠の法則に従わない,自然界唯一の存在です。

がん細胞はありとあらゆる記憶を失っています。「一度生を享け,滅せぬもののあるべきか」の言葉通り,年をとればやがて死を迎えるという自明の事実さえ忘れてしまって生き続けているのです。

しかし,皮肉なことに,不老不死のがん細胞も,征服したはずのご主人様の死とともに,自らも消えていく運命を辿ります。人間にとってがんほど迷惑な存在はありませんが,“忘却とは忘れ去ることなり”の捨て台詞を残して消えていく悪い奴の一生は,いかにも物悲しいものです。



吉田富三先生の言葉を引用して終わります。

癌の治療も,最終のところで「癌細胞との共存」なのだ。
吉田富三(1903-1973)


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おわりに


私は,2009年,薬事日報社より『がんとがん医療に関する23話ーがん細胞の振る舞いからがんを考えるー』を出版しました。

この本を執筆するに至った切っ掛けは,大学入学以来の友人で,吉田富三門下の病理学者・青木幹雄博士と40年以上にわたって交わしてきた諸々の雑談です。病理学のプロであり,私の病理学の師匠でもある青木博士が語るがんは,この上もなく新鮮で筆者の知的好奇心をいたく刺激しました。

雑談を続けているうちに,医学部薬学科で学部教育を受け,医学の世界と浅からぬ縁をもち,薬学を友として長年にわたって修業してきたからこそ可能な切り口でがんに光を当てられないか,小冊にまとめられないかと考えるようになりました。国会図書館などに通いつめて諸々の資料を集め,問題点を整理し,時に応じて思いついたアイディアの断片と共にパソコンに残しながら,忘れては思い出し,思い出しては忘れて日々を過ごすうちに,20年近くが経過しました。

こうしてフォルダに保存された山のようなメモをもとにまとめながら“20年の歳月をかけてできた”のが本書です。

この本に書いた内容をより多くの人に読んでいただきたいと考え,とくに大切と思う部分を抜粋,最近の進歩を加えて編集したのがこのブログです。


畏友・青木幹雄博士との50年近くにわたる会話がなければ,本書,そしてこのブログが世に出ることはありませんでした。同博士の友情に改めて感謝の意を表したいと思います。








ひとまず おわり

# by yojiarata | 2017-01-18 23:57 | Trackback | Comments(0)

お汁粉 を 語る




ご隠居さん。物理的には,年が変わって2017年になったけど,何か特別の感慨がありますか。

超後期高齢者になると,そのようなものはないね。

君にそう言われてふと頭に浮かんだのは,国民学校(今の小学校)の頃,何処かで,誰かに(もしかしたら母親に?)聞いた小林一茶の「正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」の句くらいのものだね。もっとも,この句にもいろいろバージョンがあって,何だかよくわからないようだけど。


ブログはどんな方針で進む計画ですか。

方針なんて,時間と共に,コロコロ変わるからね。ただ,今言えることは,これまでとは変えたいと思っています。

どういうこと?

少なくとも,去年の大晦日に書いたことを,そのまま続けるのは,止めようと思っているんだ。

何故かって?

何も変わらないことは確実だから。

例えば,1月5日 夕刊には,第一面に次の記事がデカデカと載っているよ。


米軍 空中給油あす再開 
オスプレイ 日本政府,容認 
沖縄側は反発 
2017年1月5日16時30分

沖縄県名護市沿岸で大破事故を起こした米軍輸送機オスプレイをめぐり,防衛省は5日午前,在日米軍が事故原因となった空中給油訓練を6日に再開すると発表した。米側の再開通告に対し,日本政府は「安全に空中給油を再開する準備は整ったと考えられる」(同省)として容認した。


新聞もダラシナイね。個性のある意見を,国民のためにズバリと書く気概はないのかね。


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というわけで,今年のブログは,お汁粉談義から始めるよ。

ご隠居さんは,超高齢になっても,「お八つ」無しには元気が出ないそうだけど,ベスト3を挙げるとどうなりますか。

順不同で,大福,アンパン,お汁粉だね。


まず,2013年4月16日に書いたブログ  神田淡路町あたり 蕎麦とお汁粉 を読んで下さい。


それから,温顔の大平正芳・宰相は アンパン と 大福 がお好き も忘れないで下さい。(2015年3月15日執筆)


***


続いて,永井荷風。お汁粉のことを考えると,必ず頭に浮かぶのはこの方です。真面目にオカシイことを書くのがオカシイんだ。マ 読んでみてよ。

ただし,どこもかしこも焼け野原,お米も砂糖も,何もかも無かった昭和21年に書かれたことを忘れないで読んで下さい。
人 と 言葉 永井荷風:断腸亭日乗 を読む 巻の十二



次に,このブログの一部を抜き書きするよ。

昭和21年

三月初二。

陰。 旧紙幣通用 本日限り。銀行郵便局前群集列をなすこと二,三丁なり。

駅前の露店雑貨を売るものばかり,飲食店は一軒もなし。肴屋八百屋 さかなややおや も跡を断ちたり。

汁粉売るもの一軒 目にとまりたれば一椀を喫して帰るに,五叟 ごそう の家人 かじん あたかも新聞を前に 汁粉にて死したるもの あり。甘味に毒物を用ひしがためなりと語り合へるところなり。

余覚えず戦慄す。惜しからぬ命もいざとなれば 惜しくなるも可笑し。


三月初四。

陰. 汁粉の毒 に当りはせぬかと一昨日より心配しゐたりしが今に至るも別条なきが如し。

但し数日前より面部の浮腫去らず。身体何となく疲労す。


***



荷風は,殆ど 「お汁粉中毒」 といってよい状態でした。一時は,寒さの厳しい日を除いて殆ど毎日食したことが日記に書かれています。


例えば,昭和九(1934)年正月 の断腸亭日乗。


【正月二十日 ・・・ 諸氏と共に仲通の汁粉屋柳家に立寄りてかへる。】

【正月廿一日 ・・・ 柳家にて汁粉を食してかへる。両三日寒気稍寛なり。】

【正月廿二日 ・・・ 風吹き出でゝ寒気日中の寛なるに似ず遽に厳しくなりぬ。いつもより早く家に帰り。沐浴して寝に就く。】

【正月廿三日 ・・・ 燈刻銀座に食しキユウペルに憩い夜半柳家に汁粉を食して帰る。】

【正月廿四日 ・・・ 柳家にて諸氏と共に汁粉を食してかへる。】

【正月廿五日 ・・・ 風なけれど寒気甚だしければ銀座通も今宵は人出少し。黒パンを購い直に家に帰る。】

【正月廿六日 ・・・ 柳家にて汁粉を食してかへる。】

【正月廿七日 ・・・ 帰途諸子と共に今夜も柳家に立ち寄り汁粉を食す。寒月夜毎に明なり。】



お汁粉は更に続く。

荷風がお汁粉を賞味するのは,さんざん飲んだり,食べたりの後の帰宅前の深夜近く,それも殆んど毎日。何しろ,この方は,やることが徹底しています。植木等じゃないけど,” ♪ これじゃ,腹痛が持病の身体に,良いわけないよ だね。

日記には,腹痛のため,七転八倒,” 円タク ” で掛かりつけの医者宅に急行したことが何度も書かれています。” ♪ 分かっちゃいるけど止められない んだよ。





つづく

# by yojiarata | 2017-01-10 00:35 | Trackback | Comments(0)

安倍内閣 2016年を総括する




ご隠居さん 難しい顔つきでパソコンの前に鎮座しておられますね。今年も,物理的には今日でおしまいですよ。

だからここに座ってるんだよ。私が何を話題にしようとしているか,長年の付き合いの君ならわかるでしょう。

うん,何となくね。

一言でいえば,一国のリーダーに求められる力量 だね。この点を様々な角度からこの一年中考え続け,ブログを書いてきました。

ここでは,次の点について,まとめておきます。ここに書いた点をもとに,この1年に書いてきた色々の記事を読み返してほしいと思います。そこら中にリンクがはってあるからね。



それぞれの時代に大きなインパクトを与えた先人たちの至言



● 勝海舟のことば

おれが始めて亜米利加へ行って帰朝したときに,御老中から,「その方は一種の眼光を具えた人物であるから,さだめて異国へ渡りてから,何か目をつけたことあろう。つまびらかに言上せよ」とのことであった。・・・・


【再三再四問われるから,おれも,「さよう,少し目につきましたのは,亜米利加では,政府でも民間でも,およそ人の上に立つものは,皆その地位相応に怜悧でございます。この点ばかりは,全くわが国と反対のように思いまする」と言ったら,御老中が目を丸くして,「この無礼者控えおろう」と叱ったっけ。ハハハハハ】

高野澄(編訳)『勝海舟文言抄』(徳間書店,1974,238ページ)




● 
伊丹万作のことば


伊丹万作が,太平洋戦争終結の直後の 昭和21年 (1946年) に書いた記事には,ドキッとさせられるよ。詳しいことは,ブログそのものを読んでほしいだけど,要点を書いておきます。

多くの人が,今度の戦争でだまされていたという。

いくらだますものがいても,だれ一人騙されるものがいなかったとしたら,今度のような戦争は成り立たなかったにちがいないのである。

「だまされていた」 といつて平気でいられる国民なら,おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや,現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。




● 
永井荷風のことば


断腸亭日乗,昭和20年9月28日,に次の記述があるよ。


今日此事のこゝに及ぶびし理由は何ぞや。幕府瓦解の時には幕府の家臣に身命を犠牲にせんとする真の忠臣ありしがこれに反して,昭和の現代には軍人官吏中一人の 勝海舟 に比すべき智勇兼備の良臣なかりしが為なるべし。





2017年に続く

# by yojiarata | 2016-12-31 23:08 | Trackback | Comments(0)

牙を剥く その1  沖縄の米軍トップが本性をあらわした!




追加改訂版(12月25日)



ご隠居さん いつも怒っておられるのには慣れているんだけど,今日はちょっと様子が違いますね。

当然でしょう!

何がですか。

マ,聞いてください。

この間,沖縄で,アメリカ自慢のオスプレイが事故を起こしたでしょう。


12月15日
NHKニュース(19:00)


12月14日,沖縄の米軍トップ ニコルソン四軍調整官が,13日に起きたオスプレーの事故について,驚くべき発言をしたよ。


パイロットの行動と県民を危険にさらさなかった判断は遺憾ではない。


発言しているニコルソン氏の姿と言葉が画面に全部再現されていました。猛獣が牙を剥いて迫って来るが如き光景でした。まるで,やくざ映画で恫喝シーンを見ているようだったね。これが,世界を支配する彼の国の本当の姿ではないかと,怖くなったよ。彼らは鉄砲を何丁でも持てるし,我々国民には,「銃刀法違反」があるからね。


県民は怒りに怒ったよ。当然でしょう!

● 県民に失礼なことばではないか。

● バカなことを言うんじゃない。地域の人に迷惑をかけながら。

● 沖縄県安慶田 あけだ 副知事

(ニコルソン氏は)「彼(パイロット)はヒーローだ」「感謝し表彰すべき」発言した。県民の不安を顧みようとしない発言が 植民地意識 丸出しだと感じた。


怖いよね。とにかく,やり放題だからね。これから先どうなるんだろう。総理大臣以下,連中は,ニコニコ笑っているだけで,何のあてにもならないし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



12月19日の夕刊の記事
を付け加えておくよ。さらに,恐ろしいよ!


オスプレイ全面再開へ

午後2時以降 米軍発表,国が容認



沖縄県名護市沿岸で米軍輸送機オスプレイが着水を試み大破した事故で,米海兵隊は19日,事故以来やめていたオスプレイの飛行をこの日から全面再開すると発表した。日本政府も容認。午後2時以降に再開するという。沖縄側は翁長雄志 おながたけし 知事が「言語道断でとんでもない話だ」と発言するなど猛反発している。

米軍が事故原因としている空中給油は当面しない方針。稲田朋美防衛相は19日午前,記者団に「事故の状況や原因などについて専門的知見に照らせば,合理性が認められる。本日午後から空中給油以外の飛行を再開するとしたことは理解ができる」と述べた。

● 無責任だね。何を根拠にこんなことが言えるんだろう。

マ,ご主人のアメリカ様に連れられて,どこにでも,チョコチョコついて行く ”ちんころ” みたいなもんじゃないの。防衛大臣とは名ばかり,頭デッカチで,頭脳明晰な官僚の書いた作文を読んでいるだけだからね。


・・・・・


菅義偉官房長官も19日午前の記者会見で「政府は沖縄に対し,オスプレイ再開について丁寧に説明するとともに,引き続き情報収集に努め,米側から情報が得られた場合には速やかに情報提供を行いたい」と語った。

どれも,これも,・・・ 絶望的だね。

これに対し,オスプレイの全機撤去を求めていた翁長知事は,再飛行を容認した日本政府に対して「もうこういう政府は相手にできませんね。法治国家ではない」と報道陣に語った。

今日19日のNHKニュースを見ていると,ニコルソン 四軍調整官は,民家を回ってペコペコお辞儀をして,ニコニコ頭を下げていたよ。こうゆう輩が一番怖いんだよ。

やくざ映画のファンの君なら,分かるでしょう。


***



オスプレーは一機100億。それを,日本の自衛隊が導入するそうだけど,今年8月のブログに書いた ロッキード事件 のようなことが起こるんでしょうね。誰が得するのか知らないけど。額が額だからね。






つづく

# by yojiarata | 2016-12-17 21:22 | Trackback | Comments(0)

牙を剥く その2  プーチン大統領




四島の)主権の問題はまったく提起されなかった。
ロシアの主権に議論の余地はない。


ロシアのペスコフ大統領報道官は15日夜,日本側が最重要視する領土問題の議論自体が,首脳会談で出なかったかのような説明をした。まず四島をロシア領だと認めるよう求めるロシアの立場を反映した発言とみられる。(朝日新聞朝刊一面,12月17日)


***



プーチン大統領は,3年前に来日した時の記者会見で牙を剥いているよ。あの時も怖かったね。これが,外交のプロの技だと,変に感心したよ。


北方領土の返還問題

その時のありさまをブログに書いておいたから,その場面を想像しながら読んで下さい。

国民が最も期待したのは,北方領土の返還 なのに,ロシアとの商売の話ばかり。しかも,ロシアの法律の下で行うそうだよ。

挙句の果ては,記者会見のロシア側の質問に立った女性記者が,シリアの内戦(ロシアが支持する)を持ち出して,記者会見をはぐらかすんだ。

山口と東京の会談で,本当は何を話したのか知らないけれど,記者会見で,外交のプロのウラディミール・プーチン大統領に対峙し,我が総理は,ニコニコしながら,ウラディミールを連発(10回は言ったと思うよ)しながら,肝心のことは全く言えないんだ。ウラディミールの連発を耳にしながら,滑稽なのと,恥ずかし悲しいの入り混じった,情けない涙の出そうな気分になったよ。


12月17日の新聞にも,不満の記事が目立つね。

国民の大半「がっかり」「日本,振り回された」

与党内でも,

「そうそう甘いもんじゃないと思い知ったことは,一つの参考になるのではないか。経済問題も大事かもしれないが,人間は経済だけで生きているわけではないんだから,もう少し(領土問題に)真摯 しんし に向き合ってもらいたい。やっぱり,国民の皆さんの大半はがっかりしている」。
(自民党,二階俊博幹事長)


何よりも,安倍総理大臣は,国民の心が分からないんですよ。一国のリーダーとして,完全に失格です。


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以前に書いたブログも読んでほしいね。

原子力発電の今「民のかまど」の巻


国民学校(小学校)の頃,仁徳天皇(第16代)のことを教わったのをよく覚えているよ。伝説によると,仁徳天皇は,次のように仰ったというんだ。

高き屋に のぼりて見れば 煙 けぶり 立つ 民のかまどは にぎはひにけり

今の首相にこんなことを言っても通じないだろうね。そんな愚にもつかない「伝説」を持ち出して,君,頭おかしいんじゃないの,医者にかかりなさいとバカにされるだけだろうね。頭おかしいのはのは,どっちか聞きたいね。

私は,真実かどうか,言っているんじゃないんだよ。ただ,人の上に立つ者の 心根 を言っているんだ。


***



結びに,私が言いたいことは,ただ一つです。

津波と原発で被害を受けた方々:

とくに仮設住宅で不自由な生活を送っている方々は,みんな泣いていますよ。

総理 あなたの優しく和やかで自信に満ちた顔と言葉を信じて。


北方領土の返還について,怒りと涙に震える人々:



あ~~ 世も末だね。






未完

# by yojiarata | 2016-12-17 21:20 | Trackback | Comments(0)

創薬・新版(2016) 日本の現状と将来 巻の1




ご隠居さん 今日のプログのタイトルは,どこかで見たような気がしますけど。

覚えていてくれましたか!

2011年時点での状況を,日本トップの製薬メーカーの一つ,現在の第一三共の前身である三共で創薬部門の総責任者であった平岡哲夫博士にお話をうかがい,2011年6月30日に, 【 創薬 日本の現状と将来 Ⅰ ー VI をこのブログに掲載しました。

この記事は,小生のブログの中で,最もアクセスが多いものの一つで,大変好評でした。



***




● あれから5年以上が経過したいま,事態は大きく変わりました。創薬は,世の中の人々が,その進歩を最も強く待ち望んでいる分野ですからね。進歩も,従って競争も熾烈ですよ。

そのため,現在の日本,そして世界の動向を急いでまとめる必要を大いに感じているわけです。


● 今回も,平岡博士にこの世界の動きをうかがうことにしました。

前回のブログと同様,私が質問し,それに平岡博士に答えていただくという形式をとります。



***




新薬の開発と薬価




荒田

今回もよろしくお願いします。


平岡

アスピリンに始まる近代医薬品は合成低分子医薬,植物由来の天然物医薬,抗生物質を中心とする微生物由来医薬品,現在隆盛をきわめる「抗体医薬」(すぐ後で説明します)などとして発展してきました。その歴史は輝かしく,人類の発展に華々しく貢献すると同時に科学の進歩にも多大の貢献をしています。


荒田

年々,よい薬が開発され,患者にとっては朗報です。それと同時に,物凄く高価になって大変ですね。


11月17日の朝日新聞(朝刊,3面)に,詳しい記事が掲載されているのを読みました。


オプジーボ 来年2月に半額

薬価制度 抜本見直しへ



薬価といっても,1年に5万,10万などとは桁違いです。この薬の場合は,患者1人で年間約3500万円(!!!)というではありませんか。

追々説明いただくとして,そのオプジーボというのは,一体何者ですか。

どのような経過で見つけられ,どのような病気に効くのでしょうか?


平岡

オプジーボは,化学的にはモノクローナル抗体です。作用メカニズムは免疫調節作用で,がん治療薬です。以後,「抗体医薬」とよぶことにします。

この薬の詳しい開発経緯は朝日新聞・平成28年9月25日の31面に図入りで,大きな長い記事で紹介されています。以下,要点を書きます。

治験は米国で2006年,日本で2008年に始まりました。2012年に米国での結果に世界中が驚きました。末期がん患者296人に約半年間投与すると,肺がんや皮膚がんの一種メラノーマ,肝臓がんの患者の各2-3割でがんが小さくなったのです。

抗体医薬「オプジーボ」は,2014年に日本で世界最初にメラノーマの治療薬として承認され,米国や欧州でも承認された。国内では2015年に肺がんの一部,今年に腎臓がんの一部も加わり,先月現在,54ヵ国で承認されています。

もう少し詳しいことは,この後で,追々述べていきます。

また,発見・開発の過程はすぐ後の「研究開発者は複雑です。・・・」の項目に記載します。


荒田

また後で追加の質問を致したく思います。価格の議論に戻ります。

世界的には,どのような状況でしょうか。


平岡

アメリカでも Skyrocketing Drug Prices とよばれて,問題になっています。


荒田

文字通り,「生きる」か,「お金が払えないで,生きるのを諦める」かの問題ですね。

どうしてこんなに高価なのかは,あとでうかがうとして,朝日新聞によれば,緊急的に50%引き下げられることが決まったとありますが,差額分はどこから持ってくるのでしょうか。


平岡

50%引き下げられた部分は売上高がその額だけ減少し,対応する経常利益がその分だけ減少します。


荒田

新しい薬を創るのに,巨費がかかると聞きましたが,例えば,オプジーボの場合,どうですか。


平岡

個々の薬の開発経費は各社秘密となっていますので不明です。

さらに抗体医薬一つの平均開発費も公表されていませんので,スパイ活動でもする以外に知る方法はありません。開発に関与した研究者でも知らないと思います。

厚労省に希望薬価の申請する時に研究費用,製造原価などを記載しなければなりませんので本社の限られた数の関係者は当然知っているはずです。


荒田

この薬は,日本の小野薬品で作られたと書いてあります。一方で,ブリストル・マイヤーズもかかわったと聞きましたが,両者の関係はどうなっているのでしょうか。


平岡

開発関係者は複雑です。

開発研究のおおもとは大学の基礎研究に発しています。1991年京都大学の本庶佑 ほんじょ・たすく 教授の研究室で細胞が自ら死を選ぶ 「アポトーシス」 という現象に関わる遺伝子を探している過程で一つの遺伝子が発見されました。この遺伝子は予定 (プログラム)された 細胞死(デス)の頭文字から「PD-1」と命名されました。

本庶教授は先代の教授が係わりを持っていた小野薬品工業と共同でこれに関する特許出願をしました。その後,種々の研究を経て免疫細胞である T 細胞上の PD-1 部分を抗体でブロックすると免疫細胞ががん細胞を攻撃し続けることが判明し,薬としての価値が認識されたのです(2002年)。

この当時,小野薬品は抗体開発の経験がなく自社単独での開発は無理と判断し,他の製薬会社十数社に共同開発を呼びかけたのですがすべて断られたと聞きました。

そこで抗体に強い米国のベンチャー企業「メダレックス社」と共同研究開発契約を締結し(2005年),開発が開始されました。2006年アメリカで臨床試験が開始され,2008年には日本でも臨床試験が始まりました。しかし「生き馬の目を抜く」ということわざがぴったりの出来事が起こりました。2009年,アメリカのブリストル・マイヤーズスクイブ が メダレックス社 を買収したのです。

従って オプジーボの開発は小野薬品工業-ブリストル・マイヤーズスクイブで進められ,現在も進行中です。



以上要するに,オプジーボは,PD-1 に対するモノクローナル抗体です。


荒田

オプジーボは,末期がん患者296人に約半年間投与すると,肺がんや皮膚がんの一種メラノーマ,肝臓がんの患者の各2-3割でがんが小さくななったという結果が報告されました。

私は,大学にいた頃,モノクローナル抗体と長年にわたって関わりました。一言で言えば,一種類のモノクローナル抗体は,複数の相手に結合するのです。その一方,ワクチンなどの抗体は,いずれも,ポリクローナル抗体です。つまり,多数のモノクローナル抗体が混じったものです。

私個人にとっては,重要なことですが,これ以上議論を始めると,一般の読者をいたずらに混乱させますので,話をここで止めておきます。


平岡

ここで,いくつか重要な点を述べておきたいと思います。

雑誌(月刊誌)の「選択」11月号の連載記事「企業研究」に小野薬品工業が取り上げられています (4ページの記事)。

小見出しは以下のとおりです。

・新薬バブル「暗転」で社業傾く三重苦

・致命的な副作用を見逃す形に

・競合薬の優位性を示す報告

・超高額薬剤費批判で「火だるま」に

・会社の浮沈はオプジーボしだい


オプジーボの薬価がスカイロケットとアメリカで言われていますが,日本では来年2月に半額に値下げすることが決定されています。この決定は政治的判断によるものです。


荒田

政治的判断というと,具体的には,どうゆうことでしょうか。何が実際に起きているのでしょうか。


平岡

薬価は2年ごとに見直し改定が行われますが,オプジーボは高すぎるとの批判があまりにも大きいのでこれには従わずに,早めにさげることと下げ幅などに政治的判断がくだされたのです。

私に言わせれば日本でも超高価と言われていますが,日本の薬価決定制度は現在透明性があります。厚生労働省が決定している訳ですが,薬価の決定方式が公表されています。パソコン検索で「新医薬品の薬価算定方式」と打ち込むと対応する方式を見ることが可能です。12ページにわたる PDF での説明にぜひ目をとおしていただきたいと思います。

いずれにしてもオプジーボのような高価薬は本人負担も大きいのですが,7割を負担する健康保険組合も破綻する可能性があります。

これまで,「抗体医薬」の原価につき「不明,スパイ活動でもしない限り,知るのは困難」と私は表現してきましたが,やっとオプジーボにつき知ることができました。すぐ後に書きますが,スパイ活動をしたわけではありません。

結論を申しますと,オプジーボの製造原価は1グラム180万円,1キログラム18億円です。製造総原価の 40% が製造原価です。

詳細を知るためには,次のウェブページをご覧ください。


高額医薬品 ニボルマブ(オプジーボ)の価格はどう決められたのか


荒田

小生,大学にいた頃,ある抗原に対するモノクローナル抗体を作っていましたが,1回の実験に必要な10 ミリグラム を作るのに,研究室の家計簿と相談しながらでしたから。


平岡

平成26年9月の新医薬品一覧表によりますと,点滴用の薬剤が,20mgで150,200円,100mgで729,849円です。「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんに対して 3 mg/kg(体重)を2週間間隔で点滴」とあります。


荒田

それは,経済的には恐ろしいことですね。

ところで,使用する薬剤の溶液の量は mg 単位で表現するのですか?


平岡

オプジーボ 3 mg/kg (体重) の意味は「体重50kg の患者には 3 mg × 50 = 150mg」 を点滴用の等張液に溶かして使用するという意味です。

点滴を行う約3-5リットルの瓶の底にオプジーボの粉末(20 mg または 100 mg)が入ったもの
を販売されています。そこに,注射用蒸留水(または等張液)を加えて溶かして点滴を行います。

または、小瓶にオプジーボが入っていてそれを少量の注射用蒸留水に溶かし,これを注射器で吸い取り,点滴用大瓶に移します。


荒田

これまで,「抗体医薬」として,オプジーボの名前が挙がってきたのですが,現時点では,「抗体医薬」としては,オプジーボ だけが存在するのでしょうか?


平岡

オプジーボの他にも,抗体医薬は多数(数十種)世の中にでています。昨年12月の米国化学会発行の週刊誌( Chemical & Engineering News )の記事では世界の薬の売上高のトップテンの半分は抗体医薬です(抗体医薬の価格が高いことも要因の一つです)。


荒田

最近の新聞記事から。


11月25日
販売急増した高価薬の価格
最大年4回改訂
厚労省方針


塩崎恭久厚生労働相は25日,販売額が急増した高額薬の値下げを最大で年4回実施する方針を明らかにした。薬価改定は現在,2年に1度行っているが,値下げする機会を増やす。高額ながん治療薬「オプジーボ」の緊急的な値下げを決めたことに伴う対応策とする。

塩崎氏がこの日の経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相)で表明した。

値下げは,新薬を医療保険で使えるようにする機会ごとに検討する。もともとの薬価の決め方についても透明性を向上させるほか,薬の「費用対効果」を価格に反映させる仕組みの導入も加速させる。

安倍首相は「薬価制度の抜本改革に向けて,年内に基本方針をとりまとめるように」と関係閣僚に指示した。
 
患者1人で年間約3500万円かかるオプジーボは米国や英国の2~5倍高いことが問題視され,来年2月に緊急的に半額に値下げされる。



別の記事です。

急性リンパ性白血病の小児患者の染色体異常を調べてタイプを見分けることで治療期間を短くできる可能性があると,国立成育医療研究センターなどの研究チームが28日,発表した。患者によっては,従来は2年ほどかかる治療が1年余りとなり,負担を少なくできるという。

急性リンパ性白血病は小児がんの3割近くを占める。この病気の治療では,注射薬の抗がん剤を半年程度使用後に,飲み薬の抗がん剤を1年以上服用するのが一般的で,5年生存率は7~8割。飲み薬の期間が短いと再発リスクが高まり,長いと成長してから心機能などの障害リスクが高まるが,最適な服用期間がはっきりしない。

全国約60施設が参加する研究チームは,1992年~95年に治療を受け,飲み薬の期間が4~6カ月の151人について,がん細胞の全遺伝情報(ゲノム)を解析。その結果,特定の染色体異常(2種類)があった患者は再発なしの生存率が9割を超え,飲み薬の期間を短くできる可能性が浮かんだ。ほかの患者では5割程度だった。また,女性の方が男性より再発率が低かった。

国立成育医療研究センターの加藤元博医長は「性別や染色体異常の有無で,飲み薬の服用期間の判断材料が得られ,患者の負担を最小限にできる可能性がある」と話す。



***




荒田

私は,1971年から2年間,スタンフォード大学のメディカルセンターの薬理学教室(オレッグ・ジャーデツキー教授の研究室)に客員助教授として滞在していました。その間,実に多くのことを学びました。中でも,ポール・バーク教授の講義にはショックを受けました。

「がん」というのは,もともと情報が「遺伝子」に組み込まれていて,何かのきっかけで発症するんだと仰いました。1972年ごろの講義だったと記憶しています。ポール・バークの陣頭指揮によって,遺伝子組み換え技術がアッという間に広まりました。その後のことは,皆さんがご存じの通りです。

「遺伝子とがん」は今や,世界のがん研究者が研究の芯に置いている事柄です。

アメリカのオバマ大統領は,Precision medicine こそが,我々が今後とるべき「がん対策」の主流になるべき戦略であると演説しました。


平岡

Precision medicineという言葉は2010年頃から目につくようになった言葉です。


荒田

NHK総合・11月20日21:00-21:50


がん治療革命が始まった

プレシジョン・メディシンの衝撃



が放映されました。

患者の遺伝子を解析し,最適な薬を選び出す新たな医療がプレシジョン・メディシン(精密医療)は,最新のがん治療薬との相乗効果によって,がん医療に大躍進をもたらすという期待が高まっているのです。


平岡

多くの制がん剤が開発されながらも薬では患者の完全治癒には残念ながら遠い状況は広く認識されています。しかし遺伝子解析方法が進展し,将来,がんは肺がん,乳がんなどの部位別の呼び名ではなく異常遺伝子,例えば,myc とか ras 遺伝子異常病などで分類される可能性があります。


荒田

以上の現状に鑑み,今後,創薬において,日本が採るべき方針について,コメントをお願いいたします。



今後,創薬において日本が採るべき方針



平岡

抗体医薬では,日本は将来予測の間違いから世界的に遅れをとり,それの回復に努力中という段階です。

現実問題としては,約10年前までは日本で抗体医薬を自社開発できるのは中外製薬と協和発酵キリンの2社しかなかったのです。そのため,オプジーボも残念ながらメダレックスとブリストルマイヤー・スクイブの関与がなければ小野薬品1社では開発できなかったのです。

現在は日本の大手製薬会社はベンチャー企業と組んで抗体医薬の自社開発も活発に進めています。そこで今後重要になるのは ADC 薬(Antibody Drug Conjugate)という抗体に目的作用を有する低分子薬を結合させた (背負わせた)薬です。

抗体が分子標的薬として細胞表面に取り付き,そこで低分子薬が放出され細胞内に入り効力を発揮します。しかし,この低分子を乗せる部分の化学構造式にすぐれたアイディアと技術を必要としています。即ち,高度な目的を持った DDS(Drug Delivery System)の開発が必要となります。


次いで重要と考えられるのはやはり優れた「制がん剤」の開発です。

がんは遺伝子の異常により発生することを考えるといわゆる特効薬の開発はそうやさしくはありませんがその努力は続けるべきです。しかし,がんは遺伝子の異常により発生することを考えるとこのブログの最後の方で述べる CRISPR/Cas9 などによる薬ではない遺伝子治療が主流になる可能性が高いかもしれません。

いわゆる難病に対する薬の開発も重要とみなされますが,これも全部ではないにしても遺伝子治療が重要になってくると予想されます。

抗生物質は耐性菌感染以外は現在あまり話題となりません。しかし,常に耐性菌の出現の問題があるのでそれへの対応は考えておかなければなりません。

抗ウィルス薬研究は将来も重要であることには変わりはありませんが,最近の米国ギリアード社の C型肝炎治療薬成功例をみるとその方向性はみえてきていると思われます。

この項目最後に,薬本体ではありませんが,ADC 薬のところでふれた DDS(Drug Delivery System)の更なる発展が望まれます。とくに,血液脳関門を突破して脳内に薬を運搬する方法の研究の進展が重要です。



***




ここで,低分子,中分子,高分子の3領域に広くかかわるタンパク質ータンパク質相互作用阻害剤についてふれておきたいと思います。
  
現在,薬として最も注目され,汎用されている「抗体医薬」の中にはタンパク質ータンパク質相互作用阻害薬( PPI:Protein-Protein Inhibitor )が存在します。しかしながら,この薬は生体内の細胞膜表面のタンパク質に作用する化合物群です。

細胞内では多くの数のタンパク質が種々の相互作用をして生体の恒常性を維持しています。病気の一部の治療ではどうしても細胞内のタンパク質-タンパク質相互作用阻害剤が必要となります。そのため,一義的には細胞膜を通過する能力を持つ低分子薬が候補化合物となります。

中分子,高分子でも細胞膜を通過する何らかの工夫が施されていればかまいませんが,現在その技術が一般的には開発されていません。ですから,英語でdruggable PPIという言葉が使用され,それに対応する候補化合物は当然,低分子化合物ということになります。

しかし薬としての能力を持った(druggable)PPIを作るには幾多のハードルがあります。まず最初に考えられる難問は高分子であるタンバク質同士の接触面が大きければ低分子化合物でそれを阻止はすることは困難です。タンパク質間の接触面として実際には次の3種類が想定されています。

すなわち,

(i) 接触界面の広いタイプ

(ii) 界面は狭いが明確な二次構造が無いタイプ

(iii) 接触面が比較的小さく,かつ明瞭な二次構造を有するタイプ(例えば,片方のタンパク質が α-helix 構造)などです。

これらの点を考慮すると,低分子薬で PPI を作る困難さが理解されると思います。したがって,「一般化できない点が PPI 阻害薬設計の難しさ」などと言われています。勿論,大手の製薬会社,ベンチャー企業,大学でも活発に研究が行われており細胞膜を通過する低分子 PPI が世に現れる時代がいずれはくると考えられます。



ノーベル賞と創薬



荒田

ノーベル賞の関連で,議論すると,今まで見えてこなかった創薬の新しい一面が見えてくるような気がします。


平岡

新しい画期的新薬を発見・開発した人にノーベル賞がでた事例はペニシリンの発見,結核の特効薬ストレプトマイシンの発見など,過去には多くの事例があります。

しかし,1960年代以降は新薬の開発に対してのノーベル賞は出なくなりました。これには医薬以外での治療法の進歩などがあることなど種々の要因が考えられます。しかし,2015年のノーベル生理学・医学賞は熱帯地方の感染症の特効薬の開発で大村智・北里大学特別栄誉教授が受賞されました。それ故,新薬開発でも以前と同じく本当に画期的新薬であればノーベル賞がでることが改めて確認されました。

ここからは新薬ではありませんが創薬にも大きく寄与するであろうと考えられ,ノーベル賞受賞が確実といわれている新しい遺伝子編集技術の最近の事例を紹介しましょう。

明治時代の初頭に「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」という言葉が流行したそうですが,現在は「生物関係学者の頭を叩いてみれば CRISPR / Cas9(クリスパー・キャスナイン)の音がする」というのが現状です。

この「ゲノム編集」方法の有用性(迅速,簡便,画期的)が認識・普及し,大学とか企業の研究室でも汎用されるようになり,毎週発行の有名学術誌にもこの方法を利用した研究がかなり掲載されています。俗な言い方をすれば「遺伝子の切った貼った」の非常に有用な方法です。

創薬研究にも勿論貢献し始めています。それ故,昨年くらいから発明者へのノーベル賞受賞が話題となり始めました。結論はいずれにしても将来100% 受賞確実というものです。ところが「好事魔多し」という諺の如く実はこの発明者をめぐり現在特許紛争が起きているのです。

この CRISPR / Cas9 というゲノム編集技術は2012年6月,米国 California 大学 Berkeley 校の Jenifer A.Doudna (女性)とスウェーデン Umea University の Emmanuelle Charpentier (女性)らが Science 誌 のオンライン版で論文を発表したものです。その後,約半年遅れて2013年1月米国 Massachusetts Institute of Technology (MIT) Broad 研究所 の Feng Zhang らが ヒトやマウスの細胞において CRISPR / Cas9 の有用性を示す論文を発表したのです。

しかし特許については,MIT の Zhang が有利ともいわれており,複雑な事態が進行しています。特許においては 先願主義(先に出願した方が勝ち)と先発明主義(実験ノートを調べて実験がなされた日付が早い方が勝ち)の両方が存在し,米国は先発明主義をとる国ですので,MIT の Zhang が有利ともみなされます。いずれにしても,毎週,毎月発行される学術雑誌での論文では Zhangではなく Daudna の Science 誌 の論文が引用文献として記載されており,将来,ノーベル賞受賞者がどうなるかは不明です。




つづく

# by yojiarata | 2016-12-08 22:37 | Trackback | Comments(0)